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2020-07

受難週 - 2011.04.20 Wed

今週は教会ではイエスさまの十字架までの受難を覚える受難週です。
皆さんはどのようにしてお過ごしでしょうか。

久留米教会では週報で聖書箇所を記載し、毎日読む箇所を提示しています。
今朝も箇所はマタイ26.57-75、大祭司カヤファの館でイエスさまが無茶苦茶な裁判を受ける場面と、もぐりこんで様子を見ていたペトロが鶏が鳴くまでに三度「知らない」という場面です。
この場面のペトロを考えてみると、胸が痛みます。

ペトロが最初に「お前はガリラヤのイエスと一緒にいた」と言われて「知らない」と答える時、ペトロは「何の事を言っているのか、わたしにはわからない」と打ち消します。
ある意味でごまかせたわけです。
二度目は「この人はナザレのイエスと一緒にいた」という言葉に、「そんな人は知らない」と答えます。
今度は話をはぐらかしたのではなく、イエスさまとの関係を否定しています。
三度目、「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる」と詰め寄られた時、ペトロは「呪いの言葉さえ口にしながら、『そんな人は知らない』と誓い始める!!
ここでペトロは多くのものを否定します。
ペトロは自分の出身地を否定し、自分のアイデンティティーを否定します。
イエスさまと一緒に過ごした時間や関係を「呪いの言葉さえ口にしながら」否定します。
しかも、その言葉は「誓った」と言います!
誓いは単なる口約束ではなく、神さまと人に対する宣誓です。
この瞬間、ペトロはそれまでの、ある意味で被害者だった立場から加害者の一人となります。
自分の身の安全を守るためとはいえ、彼は自分のアイデンティティーを否定し、切り捨てた。

その姿は、私たちにとって決して人ごとでは無いように思います。
誰しも自分がかわいい。
だから、自分を守るために、誰かを傷つけたことは無いでしょうか。
例えば、自分の非は一切言わず、自分が被害を受けたことだけ主張して同情をひこうとしたり。
自分の勝手な理屈で他人を傷つけたり・・・などなど。
ペトロを見ていると、決して他人ではありません。
彼は私たち自身です。

三度の否定の直後、鶏が泣きます。
ペトロは数時間前に「今夜に鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう」と言われた言葉を思い出します。
彼はカヤファの館から飛び出し、慟哭します。

その慟哭にイエスさまはどう応えられるのか。
ペトロの負い目は何によって贖われていくのか。
残りの半週も聖書を読んでいきましょう。

ちなみに今後の聖書スケジュール(来週の説教箇所に遭わせた久留米教会独自のもの)です。
木曜日・・・マタイ27.11-31
金曜日・・・マタイ27.32-56
土曜日・・・ヨハネ19.17-30
日曜日・・・ルカ23.26-49
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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
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