FC2ブログ
topimage

2020-08

沈黙の中で - 2011.01.24 Mon

昨日の礼拝では、教会主事がメッセージをしてくださいました。
旧約聖書の詩編62編からのお話でした。

詩編の1つ1つには、詩を歌った作者の人生が描かれています。
62編の作者はおそらく、かなりピンチな状況だったと考えられます。
4-5節を見ると、周囲には「口先で祝福し、腹の底で呪う」者がおり、「亡きものにしようとする一団」がいることに狙われていることを歌っている。
具体的なことは分かりません。

この詩人ほどに命を狙われることはありませんが、何となく上の状況って分かる部分もある気がする。
職場や学校にいませんか、こんな人?
さっきまであんなに楽しそうに話していたのに相手がいなくなった途端に悪口を言う場面に遭遇してギョッとしたり、無責任に自分の意見を語るくせに問題が起こるとあっという間に批判者になる者。
人間不信にまではなりませんが、でも心地よいものではありません。
自分はそうはなりたくないと思う。

詩人はそういった周囲に苦しめられている中で語りますし、行動します。
「わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。神にわたしの救いはある。神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔。わたしは決して動揺しない。(2-3節)」
「沈黙する」という言葉はヘブライ語のニュアンスでは、「静かに待ち望む」ことだそうです。
ただ黙るのではなく、彼は「待つ」のです。
何をか。
神の救いを、です。
周囲への自己弁護や無責任な周囲への同調で事を乗り切るのではなく、詩人は自分の行いが神さまの目から正しいと感じたからこそ、必ずや神さまが全てを導き、解決してくださると信じたのです。
そして、確かに彼の人生は神さまの救いを得たからこそ、彼は詩を歌ったのです。
何が彼の人生に起こったか、具体的なことは分かりません。
でも、13節を読むと、「神はひとりひとりにその業に従って、報いを与える」とあります。
詩人の周囲の人々、かつては自分を苦しめるために団結していた集団が状況の変化の中でもろくも瓦解したのかもしれません。
彼は確かに神さまに救われたのです。

先ほども話しましたが、詩編の1つ1つは詩人が人生をかけて学び得たことや神さまへの思いを歌ったものです。
そして、彼の言葉は何千年の間、すたれることなく残ってきました。
それだけ重たい言葉であり、それだけ真実であるとの証なのではないでしょうか。

新しい週が始りました。
大切なことは「神さまの御心を尋ね求めること」。
今、神さまはあなたに何を求めておられますか?
祈りつつ、考えつつ歩む者に、神さまは必ず最善の導きを与えてくださる。
そう信じて、新しい週を歩んでいきましょう。
皆さんの一週に神さまの豊かな祝福が溢れますように祈っています。
スポンサーサイト



● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kurumeodori.blog117.fc2.com/tb.php/78-7a04e944
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

BBCへの抗議 続編 «  | BLOG TOP |  » BBCへの抗議と、自分たちも悔い改めを!

プロフィール

久留米キリスト教会

Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
(※ブログに掲載した文章の無断転載はご遠慮ください)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

お知らせ (23)
教会写真館 (28)
踊牧師の一人ごつ (146)
未分類 (68)

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード