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2020-07

麦から学ぶ神さまの思い - 2010.03.08 Mon

春らしい日が続いていますが、今週はまた冷え込むと聞いています。
最近の趣味は作物を育てることなので、なるべくならば暖かい日が続くことを願っています。

私の友人にいちご農家をしている者がいます。
彼の畑の手伝いに時々行くのですが、昨年、廃棄する予定だった苗を40株ほど分けてもらいました。
実ができたら、附設幼稚園の子どもたちにちぎって食べる体験をさせてあげたくて大事に育てています。
いちごを育てる上での最近の悩みは、鳥の被害です。
おいしそうな実ができると大抵、鳥が先に味見をして実を啄んでいます。
鳥がいちごを味わっている横で、作物を育てる楽しさと苦労を味わっています。

昨日の礼拝でのメッセージはマタイ福音書13章の「種まきの譬え」を話しました。
イスラエルの土壌を考えると、ここで語られた「種」とは、きっと「麦」のことでしょう。
この「麦」についてお話します。

このいちご農家の友人の畑の隣には麦畑が広がっています。
みなさんは麦の育て方をご存知ですか。
麦には特有の育て方の工程があります。
それは、「麦踏」です。
昨年、この麦踏の場面を見たのですが、原付バイク程度の大きさのバギーで畑に乗り入れて、麦を踏んでいます。
麦踏をすることは知っていましたが、これほど豪快に踏むことは知らなかったので、友人に尋ねました。
私:「こげん思いっきり踏みつぶして平気なん?」
友人:「よかよ」
私:「茎が折れよるやんね」
友人:「折って良かったい」
私:「そうなんね。でも茎を折るくらい踏むのは、なんでなん?」
友人:「茎を折っても、そこから立ち上がるたい。立ちあがってくる茎は前よりもずっと強くなるたい。」
私:「そこまでして強くする理由ってなんね?」
友人:「茎が弱いと、穂が実った時に、穂の重みで倒れてしまうたい。倒れたら、地面に接したところから腐るんや。でも茎が強ければ倒れんけん収穫できるわけたい」

この話を聞きながら、あることに気付きました。
それは、私たちの人生に襲ってくる試練や困難についてです。
私たちの人生には幾度となく、「なんで?」「勘弁してくれ」と言いたくなる試練が襲いかかってきます。
「神さまを信じているはずなのに何故?」という声はクリスチャンの方々も口にします。
けれど、私たちをこの麦に置きかえた時、その理由の一端が分かる気がするのです。

神さまは私たちを鍛えておられるのでしょう。
将来、神さまが私たちにたくさんの祝福を与えてくださろうとしている。
けれど、今の私たちではきっと、その祝福の大きさを受け止めきれず倒れてしまい、駄目にしてしまうのではないでしょうか。
神さまはそうならないために、時に私たちを鍛えておられると思ったのです。

いよいよ来月から新年度も始ります。
どんな日々が待っているのでしょうか。
ちょっぴりの不安を抱える時にも、私たちは神さまを信じて、神さまに期待を持って歩みたいものです。
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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
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