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2020-08

65回目の敗戦記念日(その1) - 2010.08.18 Wed

8月15日、私たちは65回目の敗戦記念日を迎えました。
日本にとっての敗戦は、アジア諸国にとっては解放の宣言でした。
歴史は見る者にとって姿を変えますが、私は勝敗に関わらず、戦争は悲惨なものでしかないと思っています。
また、戦争は国家の指導者のエゴや都合で大勢の一般の人々の命が奪われるものです。

この8月、教会では平和について、ひと月かけて考えています。
そのためにいろいろな資料を読んでいるのですが、その中で原爆投下の背景について知ることとなりました。
長い話になるためにここでは簡略化して記します。

1945年7月26日、日本はアメリカ、イギリス、中国から降伏勧告であるポツダム宣言を突き付けられます。
当時の日本はアジアや沖縄での敗北があって、いよいよ本土爆撃も始っていました。
毎日、日本の各都市にB-29が襲来していた時期です。
誰の目にも敗戦は明らかでした。
しかし、日本の指導者はポツダム宣言を拒否します。
理由は、日本の国体である天皇制の保護が記されていなかったからです。
日本は世界情勢を知らず、この時点でソ連に仲立ちしてもらい、少しでも有利な停戦を考えていたそうです。
しかし、実はソ連はアメリカと合意の上で、8月9日から太平洋戦争に参戦することとなっていました。
そんなことを知らない日本は、8月3日の返答期限が来てもポツダム宣言を蹴ります。
ソ連の参戦が決定的となり、アメリカは焦ります。
日本の戦後処理の上で、共産主義のソ連が入り込ませたくありません。
日本をアジア極東の拠点として、冷戦下でのソ連、中国への抑えとしたかったのです。
そこで、アメリカは7月16日にようやく実験成功にこぎつけた原子爆弾を実戦投入しようとします。
7月16日に完成して8月6日の実践投入までわずか2週間!
運搬の時間を考えると、アメリカの焦りがどれだけのものだったか分かります。
そして、アメリカは広島に原爆を投下しました。
広島は原爆投下直後からその年の12月までに実に14万人強が亡くなります。
当時の広島の人口はおよそ35万人と言われます。
1/3の人がたった一発の爆弾で殺されたのです。
広島の悲劇の後、日本は未だ降伏を受け入れません。
アメリカはその3日後、長崎に投下します。
そして、悲劇は拡大されたのでした。

歴史に「もし」を語ることについては賛否両論あるでしょう。
「もし」を語ることで責任がどこにあったのかが不明確になるからです。
しかし、一つだけ言えることは国の指導者が人の命を単なる数字ではなく、きちんと受け止めていたら、きっと歴史は変わっていたでしょう。
いや、戦争自体も行わることなどないかもしれません。

長くなるので、(その1)としまして、また続きを書きます。
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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
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