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2022-08

7月3日~9日のみことば - 2022.07.02 Sat

まさかの梅雨明けから、あつーい毎日が続いています。
付設幼児園の子どもたちはプール遊びにうれしそうですが、水不足が心配ですね。
日曜日から戻り梅雨?でまた雨になりそうですが、これで水を貯え、植物たちが潤えばいいなと思います。

さて、久留米教会では先週からニューフェイスが登場。
おそうじロボットルンバちゃんです。
現在協力してくださるメンバーで分担しながら教会堂のお掃除をしていますが、体力や時間的に奉仕が難しい方もおられます。また、今のような暑さの中で広い会堂の掃除は大変!
そこで、現在ルンバのサブスクをお試し中です。
椅子にぶつかり方向を変えながら一生懸命掃除する姿は何となく「ドジっ子」みたいでかわいくて、
ついつい「そっちじゃないよ!」なんて話しかけたくなってしまいます。
とりあえずルンバちゃんとは半年間のお付き合いの予定。これはいい!となったら購入しようかと考えています。それまでは、存分にルンバちゃんと仲良くしたいところ。
毎週礼拝をする大切な礼拝堂。文明の利器も使いながら、上手にきれいを保てたらと思っています。

皆さんも、暑い中でのお仕事や家事など、体調を壊さないように上手に手を抜いて、今週も元気に過ごしてくださいね。
それでは、今週も1週間のみ言葉をどうぞ!!

***

※聖書の箇所は日本聖書協会の聖書本文検索から読むことができます。⇒こちら
 ページの下のほうにある「書名・章・節から探す」に以下の事項を選択・入力してください。
・訳名選択     : 新共同訳
・旧新約・続編選択 : 旧約聖書
・書名選択     : ホセア書
・章選択      : 該当章数を入力(章まで入力するとその章すべてが表示されます。)

3日(日) イザヤ書1章1節
一言メッセージ:今日からみことばメールはイザヤ書に入りました。イザヤ書は66章に及ぶ、非常に長大な預言書です。しっかり読んでいくために、今日明日はイザヤ書のイントロダクションです。
  イザヤ書は66章ありますが、内容を検証しますと3つの時代に区分されることが分かっています。研究の便宜上、第一イザヤ、第二イザヤ、第三イザヤと言われます。第一イザヤは1-39章、第二イザヤは40-55章、第三イザヤは56-66章です。第一イザヤ(1-39章)は1.1に記されるように、「ユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世」の紀元前8世紀が舞台です。第二イザヤ(40-55章)はユダ王国が滅亡し、国の主だった人々が捕囚としてバビロンに連行された捕囚時代があり、バビロンがペルシャによって滅ぼされる紀元前539年前後が舞台です。第三イザヤ(56-66章)はバビロン捕囚から解放された民が祖国イスラエルに帰還し、荒廃した土地に神さまを礼拝する神殿(サイズはずっと小さいですが)を再建した紀元前515年頃の話です。ですから、第一イザヤと第三イザヤでは300年の開きがあるのです。もちろん、一人の預言者が記したものではありません。明日もイントロダクションは続きますが、私たちはイザヤ書を読みながら、神さまはその時の時代状況は変われども、一貫して民と向き合い、語り掛け、御自分に立ち返って平安と具体的な平和を得るように呼び掛け続けてくださることを分かち合っていきましょう。それは今の私たちにも大事なメッセージです。毎日、楽しみながらイザヤ書を読み続けていきましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。私たちは今朝からイザヤ書を読み始めました。私たちはイザヤ書を読み進めながら、いつの時代にも、あなたが常に民に寄り添い、導いて生きてくださる記録を見て参ります。どうぞ読み進めながら、私たち自身が今もあなたに寄り添われていること、現実の前に無力感に沈むことなく、あなたを見上げるからこそ勇気と真理と希望を持って生きる私たちとならせてください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

4日(月) イザヤ書1章1節

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↑クリックで拡大
一言メッセージ:今朝もイザヤ書のイントロダクションです。イザヤの出自は正確なところは分かっていませんが、「祭司」だったと考えられています。彼はある時、神さまの召しによって南ユダ王国にて預言者として働き始めます(6章)。昨日に引き続き1節を読みましたが、これは1-39章の第一イザヤ(これがいわゆる預言者イザヤ)の活動期です。彼の活動期は「ユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世」です。聖書はサラッと記していますが、これは非常に複雑な情勢での活動期になります。添付の図を見てください。図の左は南ユダ王国の王の名前と在任期間、真ん中は北王国の王とその在任期間、右はイスラエルに強い影響を与えた近隣国の王の名前です。名前の後に(A)と記載があるのがアッシリアの王を表しています。これを見ますと、イザヤが活動した期間はアッシリアが勢力を伸ばし、とうとう北王国を滅ぼす期間と重なります。イザヤは南王国の預言者ですが、自分たちのすぐ北で、兄弟国である北王国が滅ぼされていくのです。南王国も「次は自分たちが滅ぼされるのではないか」と、王も民も震え上がった時代なのです。イザヤはそんな時代に、近隣国の動向を見ながらも神さまの御心を預言し続けたのです。時々、クリスチャンの中には「信仰は政治に関わってはいけない」という方がありますが、大間違いです。だって、預言者はまさに激動する時代に、神さまの御心を語り伝えながら、政治活動を行っているのですから。さて、明日からいよいよイザヤ書を読み始めていきましょう。※以下の写真の完全データが欲しい方は言ってください。印刷物でもデータでも差し上げますよ。    
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝、私たちはイザヤの活動期はイスラエルにとって北王国滅亡という動乱期であることを見ました。イザヤはそんな動乱期に、あなたの御心に立って、「今、この時代、この状況で私たちはどう生きるか」を示しています。それは、信仰と言動を分けるのでなく、あなたを信じるからこそ、信じて生きる促しでした。神さま、イザヤ書を読みながら、私たちにも今の時代にあなたの御心をどう見出すか、教えてください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

5日(火) イザヤ書1章2-20節
一言メッセージ:今朝の箇所は神さまが南ユダの民の罪を糾弾する箇所です。状況としては7-8節で他国による侵略を受け、田畑が荒れ、町々が焼かれ、「娘シオン(首都エルサレムのこと)が残った」と書かれます。おそらくこれは紀元前701年、アッシリア王センナケリブによるエルサレム包囲を指した言葉です。神さまはイザヤを通して、「ここまで国が衰えたのは、あなたたちが私を離れ、己が都合、思惑、ご利益に走った結果だ」と断じるのです。印象的なのは3節です。「牛は飼い主を知り、ろばは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエル知らず、わたしの民は見分けない。」イザヤは家畜すら従順に主人に従うのに、知恵を持つお前たちが主人を見失うのか、と問うのです。それこそ5節にあるように、「自分たちが弱りつつあるのに。」私はこの言葉を聞きながら、今、参院選で与党を支持する人たちに同じことを言いたい。例えば、「ここまで国民の生活を苦しめているのに、どうして与党を支持するのか?」「与党は未だに『成長』という幻想を強調して、高齢者の年金は削り、一時の給付金で誤魔化そうとしている。本気で助けようと思うなら、立憲、社民、共産、れいわが言う『消費税減税』の方が遥かに的確。」「ウクライナの状況を見て不安に思う人をたきつけ、『憲法改正』と言う人々がいるが、『軍隊が国民を守る』という思い込みこそが幻想。自衛隊関係者も『外国から攻められた時に優先して守るのは要人と国の施設であって住民は二の次』と言っているのに」などなど、いっぱい言いたいことは出てきます。正に、今朝イザヤが告げるように、目先の出来事ではなく未来を見据えて、私たちは御心を求めて選択せねばなりません。私たち有権者の選択には子どもたち、孫たちの未来もかかっているのですから。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝、あなたは南ユダの民に「家畜は主人を知るのに、どうしてお前たちは目先の利権や不安に飛びついて、本当に従わねばならぬ私を見ようとしないのか」と問います。私たちはその言葉に、選挙を前にした私たちの状況を重ねて読みます。どうか私たちに、自分たちだけでなく子どもたち、孫たちの未来のための選択をさせてください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

6日(水) イザヤ書1章21-31節
一言メッセージ:神さまは南ユダに「どうして遊女になってしまったか」と問います(21節)。ここでいう「遊女」とは、従わねばならない神さまを離れて、金、名誉、己が都合に走る民を総称した表現です。23節では「支配者」など強い者が利権を得るために暴挙を行い、一方、「孤児、やもめ」といった社会的に弱い立場にいる人たちが顧みられないことが指摘されています。先日、新聞を読んでいますと、「シングルマザーの家庭では今回の物価高が家計に直撃し、子どもに望む食事を食べさせてあげられない」とか「月8万円の年金の半額が家賃に取られ、残り4万円を切り詰めて生活する高齢者は、病気になると文字通り死活問題」という記事がありました。イザヤ書の記述は現代日本と重なって聞こえます。神さまはそんな南ユダに対して、「災いだ(24節)」と断じ、国への裁きを語ります。けれど、その裁きについて、私たちは27節に希望を見いだします。「シオン(イスラエル)は裁きをとおして贖われ、悔い改める者は恵みの業によって贖われる。」神さまは国の滅びを通して民を赦し、生かすのです。「悔い改める者は恵みの業によって贖われる」の「贖われる者」とは、神さまの贖いを必要とする者であり、それは「かつては神さまを蔑ろにして来た者」です。つまり、罪人でさえも神さまは赦し、救いを与えると約束くださったのです。神さまの救いが約束された今、わたしたちもまた、社会を諦めちゃいけません。神さまの御心の実現のために、私たちは今何ができるか、今、周囲にどう神さまの福音を伝えられるか、問われています。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝、あなたは罪人さえも救うとの約束をされました。そして「だからこそ悔い改めよ」との促しをくださいました。神さま、今私たちはイザヤ書の状況と自分たちの国、世界を重ねます。特に今度の日曜日は参院選があります。今回を逃すと今後3年間、国政選挙はありません。だからこそ、この選挙を未来のために大事に選択する時とできますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

7日(木) イザヤ書2章1-5節
一言メッセージ:今朝の箇所はミカ書4章にも記される、「終末(神の国)の平和」の預言です。預言者ミカもイザヤと同時代人で、彼は北王国にて活動しました。その二人が同じ預言を語っていたということは、この預言が当時、神さまが民に与えた力強い希望の預言だったからです。内容は「完成された神の国の姿」です。諸国の民が大挙しながら神の許にやってきます。彼らは口々に言います、「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道(生き方)を示される。わたしたちはその道を歩もう。」神の示す具体的な生き方が4節です。「主は国々の争いを在裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」神の示す「神の国」とはあらゆる争いが放棄されていく世界です。そこでは「剣、槍」といった命を奪い合う道具は炉で溶かされて「鋤、鎌」という農耕具に生まれ変わります。それは「命を奪い合うのでなく、共に生きる」という示唆です。かつて命を奪い合った者たちがこれからは「共に生きよう」とする世界です。現代社会から見れば「理想論であって現実でない」と言われるかもしれません。でも、それこそ思い上がってはならない。神さまは私たちに理想を示し、その理想実現のために私たちは生きている。目先で妥協して生きるのではないのです。今度の選挙は改憲の是非が焦点の1つです。自民党憲法草案を読みますと、「二度と戦争の惨禍を繰り返させない」ために「戦争の放棄」という神の御心に通じる理想を謳った現行憲法は、その憲法を守るための力として「国民に主権」を与えました。極めて高い理想を謳っています。今、私たちが守るべきものは現行憲法です。この憲法に生きることが今、日本が世界に示す最大の貢献です。今度の選挙、私たちは考えて一票を投じましょう。イザヤは5節で語りました。「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」私たちも、周囲の人にも「憲法守ろう」とお伝えください。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝私たちは神の国が平和で、戦いが放棄され、誰もが共に生きる世界であることを分かち合いました。今わたしたちは、その実現のために、現行憲法という極めて大きな力が与えられていることを思います。どうぞ先ずはこの憲法を守らせてください。平和の君イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

8日(金) イザヤ書2章6-22節
一言メッセージ:今朝の箇所はイザヤが南ユダの支配階級の堕落を批判した箇所です。その内容は北王国滅亡期を指す預言と考えられます。アッシリアの脅威が拡大する中、アラムや北イスラエル王国、ペリシテの都市国家は結集して反アッシリア同盟を結成し、南ユダ王国にも加盟を求めます。しかし南王国は拒否します。すると反アッシリア同盟はアッシリアと戦う際の背後の脅威を除こうと、南王国に攻め込みました。南ユダは怯え、アッシリアに貢物を贈り、反アッシリア同盟を背後から攻めてもらい、危機を回避しようとしたのです。目先の対策をした結果、戦後、南王国はアッシリアに従属せざるを得なくなりました。イザヤは近視眼的な南ユダの支配者を批判します。それが6-9節の記述であり、イザヤは力や富に頼る社会は「人間が卑しめられ、人は誰も低くされる」と告げるのです。イザヤはこのような社会に対して神さまが何も言わないことについて、6節で「あなた(神)はヤコブの家を捨てられた」と語ります。この「捨てられた」は「見限った、切り捨てた」ではなく、「放置した、するようにさせた」という意味です。つまり、神さまは南ユダが落ちるところまで落ちて「自分たちは神さまを蔑ろにした」と気づくまで、彼らを放置したと考えたのです。それでもイザヤは預言者として民に訴え続けます。22節「人間に頼るのをやめよ。鼻で息をしているだけの者に。どこに彼の値打ち(保障)があるのか。」その場しのぎの軽い言葉と建前で隠した身勝手な権力志向への批判、選挙前の私たちには大事な指摘ですね。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。イザヤは「富や権力による支配は、人間が卑しめられていくだけ」と語ります。その示唆は特に安倍政権以降、痛烈に実感しています。明後日の参院選では、人間を卑しめる政治への警告が実現しますように。そのために私たちにも「否は否」と示す勇気と力をお与えください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

9日(土) イザヤ書3章1節-4章1節
一言メッセージ:今朝の箇所は南ユダ王国と首都エルサレムへの裁きの言葉です。これは、昨日語った時代背景と関係しています。反アッシリア同盟の侵略を回避するためにアッシリアに貢物を贈った南ユダ王国は、反アッシリア同盟の壊滅後、アッシリアの圧迫外交を受けているのです。1-3節にあるように、勇士、戦死の他、国の主だった者たちが排除されて独立する根拠を失い、アッシリアに屈せねば生き残れない状況にまで落ちるのです。神さまはそんなイスラエルに対して15節「何故、お前たちはわたしの民を打ち砕き、貧しい者の顔を臼でひき潰したか」と、「どうして民を滅びるまで放置したか」と詰問するのです。しかし神さまの呼びかけ空しく、16節以下、支配者たちは未だに自分たちの財産と権力に固執し、国が危機的状況に陥っているのに「私は大丈夫」と考えているのです。今回の選挙戦が始まる直前の6/22、私は9党の党首による公開討論を見ました。その際、違和感を持ったのは自民、公明、維新の党首たちがそれぞれの経済対策を訴える中で「成長による分配」という方向性で話すのです。でも、年々出生率が下がり、現役世代が減り、加えて長引く不況とコロナによる大打撃の中で「成長」が大前提にされることに違和感を持ちました。今はそうではなく、国民の生活を顧みて、保障や生活の再建が経済対策として先決のはずなのに、まるで「成長できない者は自己責任」と言わんばかりで嫌気を感じました。今朝の箇所でイザヤが批判した古代イスラエルの権力者の横暴と弱い民の切り捨ては現代と変わらないように見えます。さぁ、今わたしたちはこの時代、この社会の中で、神さまの御心をどう理解し、その実現に近いものは何と見るのでしょう。明日は投票日、どうぞあなたの一票を行使してください。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝は弱い民を切り捨て、「自分たちは大丈夫」とふんぞり返る権力者への批判の預言を読みました。神さま、イザヤ書を読み始めて一週間、私たちはイザヤの言葉に今の自分たちの時代を見出します。だからこそ神さま、私たちは今、あなたの御心をしっかりと見定め、あなたの御心に近い選択を行うことができますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
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