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2022-10

6月5日~12日のみことば - 2022.06.05 Sun

6月に入りました。
なんだか、早くも夏のような暑さの久留米です。
朝晩との気温差で体調を崩しがちになりそう。。。
皆さんどうぞ、ご自愛ください。

今日は先日の教会のお花の写真のおすそわけ。

202205flower.jpg

いろんな色のお花たちに元気をもらいました♪

今週も、時々休憩しながら、一日一日ゆっくり過ごしていきましょう。
それでは、今週のみ言葉をどうぞ!!

***

※聖書の箇所は日本聖書協会の聖書本文検索から読むことができます。⇒こちら
 ページの下のほうにある「書名・章・節から探す」に以下の事項を選択・入力してください。
・訳名選択     : 新共同訳
・旧新約・続編選択 : 旧約聖書
・書名選択     : 列王記下 / アモス書
・章選択      : 該当章数を入力(章まで入力するとその章すべてが表示されます。)


5日(日) 列王記下23章31-35節
一言メッセージ:長く読み続けてきた列王記もいよいよ終わりに差し掛かりました。南王国の希望だったヨシヤ王の死後、南王国は20年ほどで滅亡します。今朝からの箇所は、その滅亡の物語です。ヨシヤ王がエジプト軍との戦いで戦死した後、人々はその息子ヨアハズを王としました。一方、ヨシヤ王を滅ぼしたエジプト軍はイスラエルを北上してアッシリアの残党と組み、バビロン軍と戦います。けれど、結果は敗北でした。エジプト軍はまたイスラエルを通って自国へと帰る。今朝の箇所はその際の物語です。エジプト王ファラオ・ネコ(名前はかわいい)はバビロンがさらに攻めてくると予想し、エジプトの防衛線にするべく、南王国に自分の意に従う王を据えます。だから即位3カ月のヨアハズを退位させ、ヨヤキムを即位させました。ヨヤキムはエジプトへの貢物を課せられ、その貢物のために民に重税を課し、さらに南王国は弱体化していったのです。読むだけで悲しい箇所ですが、今朝私たちは聖霊降臨(ペンテコステ)の礼拝に集います。だから本メールでも希望を分かち合いたいです。聖霊降臨という世界で初めて教会が誕生した時、実は弟子たちはエルサレムの一軒の家に隠れていました。イエスさまが約束くださった聖霊が下るまで、彼らは民衆に捕らえられ、イエスさま同様に殺害されることを恐れていたのです。しかし、聖霊はそんな彼らを力強く励まして教会を作らせ、閉じこもるどころか世界への福音宣教へと押し出していったのです。人の目に見える滅亡や恐れも、神さまの御業によって逆に大きな飛躍へと用いられます。私たちは南王国の滅亡だけに目を留めるのでなく、その先にある神さまの希望に目を留めていきましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。南王国は大国の力関係の中で翻弄され、滅亡へと歩みました。けれど、あなたはその滅亡の先に救いと希望を実現される方です。私たちも目先の出来事に翻弄されず、御業を求め続ける者であれますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

6日(月) 列王記下23章36-24章7節
一言メッセージ:エジプトによって王位に据えられた南ユダ王国の国王ヨヤキムは11年、王位にありました。彼に課せられたのはエジプトへの貢物と対バビロンの防衛線でしたが、エジプトの見立てどおり、バビロン王ネブカドネツァルはエジプトを攻めるべく、南王国に大軍で押し寄せてきました。ヨヤキム王は敗れて服従しますが、3年後にバビロンに反旗を翻します。エジプトからの援軍を得たのです。しかし結果、南王国とエジプトの連合軍は敗北し、ヨヤキムは殺害されます。列王記著者は「それはマナセが行った罪と、罪のない者の血を流させたため」と記します。イスラエルの人々はヨヤキムに代わって、その子ヨヤキンを王に据えますが、もはや後ろ盾のエジプトは力を失いました。人々はバビロンに脅威を感じていきます。このあたりは先々、エレミヤ書を読んでいきますが、今私たちが考えるのは、このような不安な時に私たちは何に希望を見いだすか、です。明日も何が本当の希望かを模索しながら、続きを読んでいきましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。南王国はエジプトとバビロンの間で翻弄され、王が次々に代わります。その度に人々は「どちらにつけば生きながらえることができるか」と考えました。でも神さま、人の力は所詮、その場しのぎにしかなりません。本当の救いはあなたにこそあります。どうぞ私たちに、いつもあなたに立ち返る信仰と、あなたの導きを期待し続ける信仰をお与えください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

7日(火) 列王記下24章8-17節
一言メッセージ:ヨヤキンは18歳で即位し、3カ月だけの王位でした。というのも、先の対バビロン戦争に敗北し、後ろ盾だったエジプトが撤退した後、南王国はバビロン軍に取り囲まれたのです。ヨヤキン王は降伏します。バビロン王はイスラエルの宝物を奪い取ったうえで、王と王族、職人(技術者)と兵士をバビロンに連行します。第一次バビロン捕囚です。バビロンは新たにヨヤキンのおじマタンヤ(当時21歳)をゼデキヤと改名させて王位につけました。改名させることは支配の証でした。このゼデキヤが南王国最後の王となります。ダビデから23代続いたダビデ王家(正確には女王アタリヤはダビデ家ではないので22代)が滅びるのです。さて、ここにきて列王記で何度も何度も見てきた言葉に注目したいと思います。それは9節の「主の目に悪とされることを行った」です。時代や王によって、それは「バアルなどの異教礼拝」であり、「経済格差が広がることで弱者がないがしろにされる」だったり、複合だったりします。では、この滅亡時期のおもな「主の目に悪とされること」とは何でしょう。それは「大国の間を右往左往し、本当に頼るべき相手を見失っていること」です。ヨシヤ王以降の記事では王が神さまに御心を問う記述は一切出てきていません。神を求めない王国の滅亡は間もなくです。明日もご一緒に続きを読んでいきましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。読み続けました列王記もいよいよ南王国最後の王に入りました。すでに「国」といっても自治能力は無く、バビロンの植民地です。明日からも続きを読んでいきますが、神さま、どうぞあなたがこの追い詰められた時にも何を語り、何を示唆されているか分かち合わせてください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

8日(水) 列王記下24章18節-25章21節
一言メッセージ:最後の王ゼデキヤはバビロンに反旗を翻しました。この経緯はエレミヤ書に詳しいですが、これはイスラエルの民の親エジプト派が「エジプトに従ってバビロンから独立しよう」とけしかけたのです。しかし、エジプト軍は援軍を派遣せず、エルサレムはバビロン軍に包囲され、兵糧攻めを受けて戦意喪失。資料では人肉食も起こったようです。こうしてエルサレムは陥落。王や主だった人々は逃亡しますが、捕えられ、王子たちはゼデキヤの前で殺害され、ゼデキヤも両目をつぶされてバビロンに連行されていきます。加えて、バビロン軍は王宮も神殿も民の家屋も徹底的に破壊します。民の心をぽっきり折るためです。13節以下、詳しい記述が続きますが、気になることは、出エジプト以来、常に幕屋や神殿に納められてきた「神の箱(十戒を納めていた)」の記述が無いのです。おそらく9節の火によって消失したと思われますが、こうしてイスラエル王国は歴史から滅亡しました。「諸行無常の響きあり」ですが、でも、ここで私たちは誤解してはいけません。国家は所詮、人が作った区分けです。国は滅びても民は滅びていない(12節)。このちっぽけで、社会的に虐げられた民は、国が終わっても神さまと向き合いながら、なお生き続けるのです。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。南王国は滅亡しました。でも、神さま、民は生き残っています。私たちは「国」や「民族」といった形に興亡を見ますが、でも、あなたの前に「国」や「民族」は単なる器にすぎません。それよりも、あなたは一人ひとりの民と真正面から向き合ってくださる方です。私たちは集団や形にとらわれず、常に向き合い続けてくださるあなたを意識しながら自分たちの状況を受け止める者であれますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

9日(木) 列王記下25章22-30節
一言メッセージ:南王国の最後の王ゼデキヤがバビロンに連行された後、バビロンの王はゲダルヤを総督とします。ゲダルヤはヨシヤ王の書記官だったシャファンの孫です。彼は取り残された民を集め、細々ながらも、民が安全に暮らせる体制を作ろうとします。しかし、同意できない王族のイシュマエルは、アンモン王の命によってゲダルヤを暗殺するのです。経緯はエレミヤ書40-41章に詳しく記されていますが、総督ゲダルヤが暗殺されたことで民はますます混乱に陥りました。民はバビロンの復讐を恐れ、エジプトに逃れ、国は人も済まぬ荒地となったのです。エレミヤ書では、預言者エレミヤは「神がバビロンを使者とし、イスラエルを滅亡させられるが、神はこの荒廃の中から、もう一度、民の国を復興してくださる」と告げました。けれど、彼の言動は「親アッシリア」としか理解されず、エジプトに連行され、処刑されたとあります。何とも救いようのない終わり方に思えますが、列王記は最後27-30節で、第一次バビロン捕囚で連行されたヨヤキン王の晩年を記します。ヨヤキンは連行されて37年後、当時のバビロン王の恩赦で出獄し、バビロン王の手厚い庇護を受けたとあるのです。さて、どうして列王記の著者は最後にヨヤキンの話を記したのでしょう。それは、民に1つの希望を示すためだった、と思う。その希望とは「国が滅びた。しかし、神はなおダビデ家のヨヤキンを遺し、復興という一抹の希望を民に示した」だと思うのです。実際、イエスさま時代には「救い主はダビデ家の末裔」というイメージは強く残ります。本当に不思議です。神さまは、どうしようもない滅亡の中にすら希望を示しているのです。明日からは時代を遡り、列王記で見てきた王の時代に、みことばを取り次ぎ続けた預言者たちを読んでいきましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝、長かった列王記も読み終わりました。最後は悲しい滅亡の記事でしたが、あなたはヨヤキン王のその後を語らせ、民に復興という一抹の希望を示されました。あなたは貧しく低くされた民を見捨てず、そのただ中にも希望を示し、実現されます。それはまるで、貧しい夫婦の家に救い主を生まれさせた出来事そのままです。神さま、明日からもみことばを分かち合っていきますが、私たちにまた確かな希望を示してください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

10日(金) アモス書1章1-15節
一言メッセージ:昨日まで読んできた列王記は、ソロモン王の治世から分裂による南北王国時代、北王国の200年の歩みと、南王国の350年の歩みが記されていました。この間、私たちは「北王国の〇〇王の時代は…」「南王国の何代目の△△王は…」という報告をサラッと読み進んだのですが、正直、振り返っても「どんな王がいて、どんな時代だったか」、いまいち覚えてない。覚えている預言者はエリヤとエリシャがバアル信仰を推し進めた北王国のアハブ王と王女イゼベルと対決した物語くらいです。そこで、今日からは旧約聖書の様々な預言書を取り上げながら、「〇〇時代に活躍した□□という預言者は…」と読んでいきましょう。最初に取り上げるのはアモス書です。アモスは紀元前8世紀の北王国で活動した預言者です。この時代の北王国の王はヤロブアム2世で、領土が非常に拡大し、経済的にも富栄えていた時代です。一方で国内では経済格差が広がり、貧しい人々が奴隷にされ、宗教的にも弱い人々が顧みられないどころか、宗教者たちも一緒になって民を踏みにじっていた時代です。そんな時代にアモスは声を上げるのです。1.1を見ると、アモスは羊飼いだったようです。彼は素朴なまでに民に寄り添って、みことばを取りつぎます。1章では神さまの裁きの言葉です。対象は、3-5節はダマスコというイスラエル北部の国、6-8節はガザ、9-10節はティルスという地中海沿岸部にある異民族の街への裁きです。9-10節のエドムはイスラエル南部の民族、13-15節のアンモンはイスラエルの東に住む民族です。アモスの預言はイスラエルの周辺国への裁きの言葉から始まります。最初、聞いていたイスラエルの民は「そうだ、周辺国は神の国である私たちにちょっかいをかける敵対者だ。神の裁きを受けて当然だ」と考えたでしょう。でも、そのことばは明日の2章でブーメランとなって戻って来るのです。明日、続きを読みましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝からは預言書を読み始めます。そのはじめに、歴史的に最も古い時代を記したアモス書から始めます。列王記で読んできたサラッとした記述をさらに深めながら、いつも民を思うからこそ声を発する神さまを学び続けることができますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

11節(土) アモス書2章1-16節
一言メッセージ:昨日の続きです。北イスラエル王国の民は、預言者アモスを通して語られる裁きがイスラエルの周辺国への裁きなので、「そうだ!もっと言ってくれ」と思ったでしょう。けれど今朝の箇所2章で、裁きの言葉はブーメランのように戻ってきます。1-3節で近隣民族エドムへの裁きでしたが、4-5節は袂をわけた南王国へ、そして6-16節は自分たち北王国への裁きの言葉でした。記述からは当時の北王国の様子がよく分かります。北王国では経済格差が広がり、その結果、借金のカタに奴隷に身を落とす人々が「靴一足の値(6節)」で売買され、「弱い者の頭を地の塵に踏みつけ(7節。厳密にヘブライ語を読むと、「踏みつけられ続けている」)」ていました。「父も子も同じ女のもとにかよい」とは、バアルやアシェラ信仰が聖書の神さまの信仰と混同されただけでなく、バアルやアシェラの礼拝では性行為が宗教儀式とされていたため、神殿にて神殿娼婦(神殿男娼)との性行為が行われていました。「父子がそろって通い」は神殿娼婦に父子が通う様子です。この不品行に8節、正すべき祭司たちは彼ら自身、貧しい人々から取り上げた衣やぶどう酒で宴会している。神さまの怒りは非常激しく、明日以降の箇所でも厳しく糾弾されます。さて、今朝の箇所で分かち合いたいことは、イスラエルの民は自分たちの過ちに気づいていないことです。彼らは「神殿で礼拝しているよ。奴隷だって、彼らがしっかりと生活できないからじゃないか(奴隷にすることで、自立した生活をできない人を保護しているのだ、という理解もあった)」と考えていたことでしょう。でも、彼らが「神さまも喜んでいるはず」「これは正しい」と思っていることは、自分たちが作り上げた風習や伝統、社会制度でしかない。神さまはそんな彼らにはっきりと「悪」と告げます。アモス書を学びながら、私たちも自分たちを振り返りたいものです。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝の箇所で北王国の民は神さまの裁きの言葉が自分たちに降りかかり、驚愕したでしょう。彼らは風習や伝統を正義と誤解し、あなたの御心と勘違いました。あなたはその罪をきつく指摘されます。神さま、私たちも自分たちを振り返ります。どうぞ苦笑できる範囲くらいでの過ちであれますように。そして、ちゃんと振り返り、正しくやり直す私たちであれますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
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