FC2ブログ
topimage

2021-07

12月6日~12月12日のみことば - 2020.12.04 Fri

12月に入りました。いよいよ本格的にクリスマスシーズンが始まった感じがしますね。
教会でも、今できる中でコツコツと準備中。
今年は派手にイベントや呼びかけがしにくい中ですから、どこか静かにこのクリスマスを待ち望むアドヴェントを過ごしている感じがします。
考えてみれば、初めてのクリスマスーイエスキリストの誕生も華やかに盛大に祝われたのではなく宿屋の家畜小屋でひっそりと…だったのです。
今年のクリスマスは、お祝いの心と喜びの心は盛大に、でもどこか静かにしみじみとクリスマスの時を過ごしてみるのも良いかもしれませんね。
クリスマスは讃美歌も素敵なものがたくさんありますね。讃美歌をききつつ、クリスマスの時を待ち望むのも良いかも。
過ごし方は様々ありますが、このクリスマスを今年も多くの方と味わい・喜ぶことができるようにと祈っています。


***今週のみことば***

※聖書の箇所は日本聖書協会の聖書本文検索から読むことができます。⇒こちら
・訳名選択     : 新共同訳
・旧新約・続編選択 : 旧約聖書
・書名選択     : 箴言
・章選択      : 該当章数を入力(章まで入力するとその章すべてが表示されます。)

6日(日) 箴言19章4-15節
一言メッセージ:今朝の箇所は「財産」について語ります。大前提となる理解ですが、ここで言われる財産とは「実直で誠実に働く者に対して神さまが与えてくださった祝福」です。悪事を行ってでも、とにかく得た財産を言っているわけではありません。そんな財産なので、逆にここで語られる「貧しい人」とは「楽して食っていこうとするばかりで、自分で労することをせず、怠惰な者」です。だから、15節のように「怠惰であれば飢える」と率直に記されています。
  そんな大変率直でビシッと語る御言葉の中で目が留まるのは14節です。「家と財産は先祖からの嗣業。賢い妻は主からいただくもの。」現代の性差別問題だとかを考えると妻を「いただきもの」と語ることは問題ですが、聖書時代の常識を配慮した上で記述の本質に目を向けると、賢者が告げようとしたのは「財産は先祖から受け継ぐこともあるが、妻とは神さまがその一人ひとりに目を留められた祝福。つまり、神さまは今のあなたに目を留めているんだよ」ということなのです。今の時代では誠実に生きることが馬鹿らしく、人を出し抜いて生きる方が得に見えるかもしれません。でも賢者は「人には見えなくとも神さまの目にはちゃんと留まっている」と告げるのです。
  今朝は日曜日。今日も礼拝に集いましょう。疲れていても、眠くても、それでも礼拝を大事に守ろうとする私たちを神さまはちゃんとニコニコしながら目を留めてくださることでしょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。神さま、今の社会はあまりにも力を持つ者、権力者が強く、その横暴は時に目に余ります。でも神さま、あなたはちゃんと一人ひとりに目を留めていてくださっています。神さま、どうぞ私たちも、またこの時代の中で苦しむ誠実な人々のこともあなたが報いてください。今日もまたあなたに与えられる祝福を願い、イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

7日(月) 箴言19章16-28節
一言メッセージ:今朝のみことばも一貫して、「神さまに誠実に生きよ、怠惰な者になるな」というススメの言葉です。私が面白いと思ったのは17節でした。「弱者を憐れむ人は主に貸す人。その行いは必ず報いられる」です。「主に貸す」というのは、「神さまに貸しをする」ということです。人様のために何か精いっぱいに支援する人がいます。立派な行いですが、時に「何の得があってあんなことするんだろう」と批判する人もいます。そんな人へのユニークな反論です。「実はね、今、神さまに貸しを作っとるんよ。」何だかすごく面白い表現じゃないですか。神さまに貸しを作る。それは、神さまがちゃんと私とも、その人とも繋がっていてくれていることの証でもあるのです。
  新しい週の始まりです。神さまの導きと整えに期待しながら、神さまに貸しを作るつもりで歩み出しましょう(笑)。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝は「神さまに貸しを作る」という面白い言葉を見ました。神さま、現代人はあまりに余裕を失いまして、物事の判断基準が損得に偏りがちです。誰かの評価や、自分の利益があまりに関心事になっている中で、箴言の賢者は「誰にも見られていなくても、神さまはちゃ~んと知っておられるよ。困窮する人を助ける人を神さまは『こりゃ借りを作ったな(笑)』と受け止めてくださる」と示しました。神さま、あなたに貸しを作るなんて畏れ多いですが、でも、いつ如何なる時にもちゃんと目を留めていてくださっていることの証ですね。神さま、どうぞいつも私たちに目を留めていてください。どうかあなたの祝福の中で生かされていることを感謝して生きることができますように。どうぞ困窮する方と出会う時に、あなたに貸しを作ることができますように(笑)。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

8日(火) 箴言20章1-10節
一言メッセージ:20章はとても生活に根差した知恵の言葉に感じます。1節を岩波訳で読みますと、「ぶどう酒はほら吹き、ビールは騒ぎ屋。これに酔ってよろめき歩く者は皆、賢くない」です。確かに千鳥足の酔っ払いは賢くなさそうです(笑)。飲み過ぎには注意しましょう。
  さて、今朝の箇所で私が最も目に留まったのは4節「怠け者は冬になっても耕さず、刈り入れ時に求めるが何もない」です。これはパレスティナの人々の生活に根差した言葉です。パレスティナでは秋の収穫が終わると、雨が降るのを待って畑を耕し、春に向けて大麦や小麦の種を蒔くそうです。一仕事終わってホッとする気持ちは分かりますが、その先に目を向けて準備を始めるからこそ、次の収穫へと繋がると賢者は言うのです。
  今が冬の時期ということもあるのでしょうが、私にはこのみことばが今の私たちに向かって言われているような気がするのです。今年はコロナ禍で本当に大変です。けれど、「大変」と言って何もしないでいるのでなく、今は次の展開に向けて知恵を絞り、チャレンジを始めるために、耕し、種を蒔き始める時だと思うのです。コロナが終息した後、私たちの今の取り組みが芽を出し、力強く結実するように、今を大事に過ごしましょうね。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝の箴言は私たちに、今この時に手をこまねいているだけでなく、次の展開を見据えて知恵を絞り、チャレンジを始めることを示してくれます。それぞれの仕事においても、健康面においても、家庭や教会の働きも、あなたはこの時にも何かを伝えておられ、私たちに気づくように促しておられます。神さま、どうぞ私たちが自分たちの安直さに陥るのでなく、あなたの示唆を模索し、実直に取り組めますように。根気と知恵と希望をお与えください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

9日(水) 箴言20章11-20章
一言メッセージ:14節はとっても面白いです。買い物をする時の光景です。買い手が商売人から品物を購入しようとする時、「これ、ちょっとねぇ」と文句ばっかり言うくせに、購入した途端、文句言ってたことを忘れたかのように自慢して回るというのです。賢者は人間のいい加減さをよく知っていました。今朝の箇所は正に、そんないい加減な人間である私たちに対しての示唆です。
  19節では「秘密をばらす者、中傷し歩く者、軽々しく唇を開く者(おしゃべり)とは交わるな」と語ります。どこでどんな噂に巻き込まれるか分からないからです。さらに18節では「計画を立てる際には助言を得よ」と語り、自分では見落としてしまう視点を補ってもらうように告げます。そして何より12節「聞く耳、見る目は共に主が造られた」と語り、神さまの御心を模索し、何が御心に適った正しい事柄かを見極めるように告げるのです。今日も神さまの知恵をいただきながら歩み出してまいりましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝のみことばは、いい加減な私たち人間の弱点を指摘しながら、だからこそ、自分の独断で突っ走ることを控え、周囲の助言をもらい、何より神さまの知恵を求めて歩むように諭します。神さま、どうぞ私たちにあなたの知恵の一端でもお与えください。あなたの御心に沿う選択を、あなたの喜びとなる決断を行えますように。一日の始まりにあたり、救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

10日(木) 箴言20章21-30節
一言メッセージ:今朝の箇所も人間の弱点を指摘し、だから神さまの御心に従って生きることを促す箇所です。例えば、23節の「おもり石を使い分けることは主にいとわれる。天秤をもって欺くのは正しくない」とあります。人間、自分や自分が行為を持つ人には非常にあまく、逆に快く思わない相手に対しては、大したことない事柄でも盛大に批判しがちです。そうやって物事を正しく図らない心、人間の弱さを賢者は「おもり石を使い分ける」と表現し、批判しています。
  その上で賢者は幾つも私たちに示唆します。解説を加えながら読みますが、22節では「悪に敵意をもって報いるな。物事の結末は神さまに任せなさい。神さまが最善を与えてくださる」と諭します。25節では「軽々しく『神さまに献げる』と云うな」と語ります。一見、神さまに献げることは素晴らしいことだから良いじゃないかと思うのですが、その後、「ちょっともったいないな。取り戻そう」と行動することはかえって、神さまへの離反になるのです。だから、25節を平たく理解するならば、「感情で神さまに従うな」です。神さまはそんな私たちをよく知っておられます。27節で「神さまは私たちの腹の奥底までご存知」と語ります。
  そんな私たちに対して賢者が諭すのは24節「人の一歩一歩を定めるのは主である」です。神さまの導きを感謝して、大事に受け止め、自分の思惑や願望と違う時にも神さまに従うように諭すのです。何故なら、神さまの導きこそが最善なのですから。
祈り:神さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝のみことばもとても深く考えさせられます。あなたは、浮き沈みしがちで安直に自分の願望や思惑に走る私たちの心をよくご存じです。賢者は先ず、私たちにそんな自分自身をしっかりと認めた上で、最善をお与えくださる神さまに従いなさいと促します。神さま、あなたの御心は私たちには測りがたく、時には、あなたに委ねて従うよりも自分の決断の方が正しく、安全であると結論付けてしまいます。でも神さま、最善はあなたにこそあります。どうぞ、私たちの弱さを御存じのあなたですから、悩みながらもあなたに従い得るように、私たちにいつも促しと勇気をお与えください。永遠の導き手なるイエスさまの御名で祈ります。アーメン。

11日(金) 箴言21章1-10節
一言メッセージ:今朝の箴言のみことばもとても興味深いです。9節は旧約聖書学の恩師が「好きなみことばです」と言っていましたが(笑)、ここは「妻」に限定せず、身近な人と思って読んだらいいです。すぐに感情的な争いごとを起こす人の傍にいるよりも、回避して、静かな時間を過ごす方がいい、という意味です。何とも穏やかなみことばですが、今日の始まりに皆さんと分かち合いたいのは2-3節です。私たちは自分たちの判断こそが正しいと思いがちです。特に思慮の浅い者ほど他の意見を受け入れず、自分の正しさばかりを主張します。でも、その人の正しさはその人の価値基準のものであって、事柄の判断の仕方は多様なのです。皆にとって最善の本当の正しさとは神さまにあります。私たちが本当に正しい選択をするには、神さまの御心を模索せねばなりません。賢者はそうやって神さまの御心を模索することを私たちに勧めると同時に、神さまの正義を実践する人は神さまの喜びなのだと語ります。神さまに喜ばれて生きる、なんて素敵な生き方でしょうか。今日私たちは、「今、神さまが喜ばれるのは何かな?」と考えながら歩み始めてみましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。私たちは限られた経験、知識、視野しか無いにもかかわらず、時に自分の判断に酔いしれ、自分こそが正しいのだと考えてしまいます。これまでもそうやって自分の正しさを主張した挙句、どれほど失敗を繰り返してきたかと思い起こします。神さま、本当の正しさとはあなたに中にあります。どうか私たちがあなたの御心を模索しながら生きる者であれますように。今日も、あなたの正義と平和を行う者とならせてください。一日の始まりに救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

12日(土) 箴言21章11-20節
一言メッセージ:昨日に続き、19節は「いさかい好きで怒りっぽい妻というよりは荒れ野に座っている方がよい」とあります。ここも「妻」に限定せず、身近な人と捉えましょう。そうすると、短気なクレーマーといるよりも、静寂の荒れ野にいる方が良いとなります。これも真理ですね。
  さて、今朝のみことばの中で大事にしたいのは15節です。神さまの裁きがテーマになります。「裁きを行うことは、神に従う人には喜び、悪を行う者には滅び。」同じ裁きのはずなのに、神に従う人と従わぬ人では受け取り方が違うというのです。その違いは何か。それは端的に言って、神さまに従う人は「この裁き(叱責)は私の間違いを正して、もう一度やり直させてくれるヒントなんだ」、「わたしには次があるんだ」と思えるのです。それは、神さまが私たちを愛し、生かしてくださるお方との大前提を知っているからです。一方、神さまに従わない人にとっては「裁き(叱責)は自分を叱り飛ばし、排除するためのもの」としか受け取れません。そういう人の特徴は「私が悪いわけじゃない。あいつが悪いんだ」と他人の責任にしてしまい、自分を正すことをしません。だから、いつまで経っても同じ過ちを繰り返してしまい、終いには周囲に見放されてしまうのです。私たちは神さまを知り、いつでもやり直せる人生を歩み続けたいものです。今朝は土曜日、一週間を振り返ってみましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝のみことばは、私たちに自分を振り返ることの大事さと、信仰に立ち、過ちを正しさやり直すことの恵みを思い出させてくださいました。神さま、あなたは私たちを愛してくださるが故に、時に過ちを正してくださいます。どうか今週、分かっていて犯した過ちだけでなく、認識せずに犯した過ちがあれば、どうぞ悟らせ、やり直すためのヒントとさせてください。明日の日曜日、礼拝で慰めと勇気をいただき、月曜日から今一度やり直すことができますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

***




スポンサーサイト



● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kurumeodori.blog117.fc2.com/tb.php/307-75f81f97
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

めぐみのその60周年!(12月13日~19日のみことば) «  | BLOG TOP |  » アドヴェントが始まります!(11月29日~12月5日のみことば)

プロフィール

久留米キリスト教会

Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
(※ブログに掲載した文章の無断転載はご遠慮ください)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

お知らせ (23)
教会写真館 (28)
踊牧師の一人ごつ (146)
未分類 (117)

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード