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2021-07

10月18日~24日のみことば - 2020.10.19 Mon

10月も半ばを過ぎました。
18日の日曜日の礼拝では、私たちの教会でうれしいうれしいバプテスマ式が行われました!
「バプテスマ」とは洗礼のことで、クリスチャンになるための儀式です。
洗礼の方法には色々あります。例えば、おでこに水をチョンとつける「滴礼」や頭にパシャっと水をかける「冠水礼」など。
そんな中でわたしたち「バプテスト派」の教会では、聖書に基づいて全身を水に沈める「沈めのバプテスマ」を大切にしています(もちろん、病気など事情があれば無理はしない)。
礼拝堂の講壇後ろには大きなお風呂?小さめのプール?のような「バプテストリー」と呼ばれるものがあり、そこに水をためて牧師によって水に沈められ起こされます。
今回はクリスチャンのお連れ合いと一緒に教会に通って来てくださっていた男性のバプテスマでした。
新型コロナウイルスによって、教会も活動の制限を余儀なくされ、教会での食事や分級、特別集会などを中止して、とにかく毎週の礼拝を守ることに必死になっていた私たちでしたが、その間にも神様は一人の方の中の信仰を育て、今日のバプテスマへの決心へと導いてくださっていました。
その方の信仰告白(信じるに至った経緯とクリスチャンとなる決心をつづった文章)を聴きながら、神さまの不思議な導きと決心に心が熱くなったことでした。
わたしたちの日常も、平坦なものや時に苦しい事の多いものだと感じるかもしれません。しかし、そんなときにも神様は必ず次の喜びへの準備をしていてくださるのだと思います。
その様に信じることができたら、また新しい一日を神さまに期待して元気よく歩み出すことができるのではないでしょうか。
今週も新しい歩みが始まります。
皆さんの今週の歩みが神さまに導かれ・守られたものとなります様に!!

***今週のみことば***

※聖書の箇所は日本聖書協会の聖書本文検索から読むことができます。⇒こちら
・訳名選択     : 新共同訳
・旧新約・続編選択 : 詩編→旧約聖書
・書名選択     : 箴言
・章選択      : 該当章数を入力(章まで入力するとその章すべてが表示されます。)

18日(日) 箴言1章8-19節
一言メッセージ: 昨日読んだ箴言1.7では「主を畏れることは知恵の初め」とありました。神さまを畏れ、敬い、従うことが幸いな人生の基本だと賢者は言いますが、今朝はその逆の出来事への警告です。つまり、「誘惑に屈するな。悪に入るな」です。ここで想定されているのは、どうにもならない貧困のために盗みをはたらく…といった状況というよりも、ただただ誘惑に弱く、「まぁ、これくらいならバレないだろう」と安易に悪事に手を染めることへの警告です。それだけ人間は誘惑に弱いのです。賢者は「悪を避け、神に正しく生きよ」と呼びかけます。なぜなら、神さまはいつも私たちに目を留めているからです(17節)。それは祝福であり、私たちへのブレーキです。
  1950年代、国連の事務総長として冷戦下で世界のバランスを模索したダグ・ハマーショルドは、神さまに日々、誠実に神さまに祈りながら、自分を律する言葉として、こう記しています(『道しるべ』、みすず書房出版より)。「おまえが決して耳を傾けたがらないなら、聞こえるという能力を、おまえはどうして保持してゆくことができようか。神がひまをかけておまえにかかずらうべきだ、ということがお前には当然のように思われるらしいが、そのくせおまえのほうでは神にかかずらうひまがないとは!」ハマーショルドは、私たちが神さまと誠実に向き合うことの大切さを自戒していたのです。今朝は日曜日、礼拝の時です。礼拝に集い、共に神さまと向き合いましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝、賢者は私たちに、「誘惑に屈するな。悪事に手を染めるな」と告げます。それは、あなたが私たちに目を留めていてくださるからです。神さま、どうぞ日々、私たちを顧み、お守りください。そして私たちもあなたに誠実に応答して生きることができますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

19日(月) 箴言1章20-33節
一言メッセージ:今朝の箇所はとても面白いです。20節の「(神さまの)知恵」は人格を持った女性形の名詞として書かれています。だから「神野知恵子(神の知恵こ)さんがこう言うとります」みたいな感じで、客観的に淡々と言葉が綴られています。何が言われているかと言えば、「浅はかで、不遜で、愚かのまんまじゃいかん。ちゃんと神さまの御心に従って生きなたい。後々、『ほーら、言うたやんか。そん時に自分を律して正さんけん、どげんもならんごつなった』って笑われんごと、今のうちに神さまに誠実であらんといかん」です。言われていることはよく分かります。ただ、ここが一番難しいのは、自分たちが浅はかで、不遜で、愚かであると気付くことです。皆、安易に自分を正当化してしまうのです。これが人を失敗させる。じゃあどうすればいいか。知恵子さんは言っています。「神さまの御心に従って生きることを尺度にし、客観的に自分を見つめなさい。」7節にあるように「主を畏れることは知恵の初め」、スタートなのです。今日も神さまに誠実に始めていきましょう。
祈り:天のお父さま、今日もみことばをありがとうございます。今朝のみことばに私たち、ドキッとしました。私たちは周囲の人のことならば「浅はかでだなぁ。不遜だし、愚か」と気づくのに、いざ、自分のことになると気付きません。特に感情的になる時ほど、自分を正当化してしまいます。神さま、どうぞいつもあなたという人間を遥かに超えた方を畏敬しながら生きられますように。御心を模索し、自分を客観視して立ち居振る舞いを判断できますように。イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

20日(火) 箴言2章1-22節
一言メッセージ:「神さまに従って生きよう。」教会で多々耳にします。では具体的にどうしたらいいのか。今朝のみことばは1-5節で教えます。先ず神さまのみことばを大事に大事に聴く。そして「神さま、このみことばは今の私に何を言っているのでしょうか?」と尋ねながら考える。そして、神さまがこう言ってらっしゃるんだろうな、と気づいたことを宝物のように心に留め、実践する。そうすれば、「神を知ることに到達する(5節)」なのです。
  牧師になって13年と半年が過ぎました。感謝なことは数えきれないほどありましたが、失敗したことも多々ありました。その中で得た私の教訓です。「失言はふとした時に吐いてしまう」です。安易にポロっと話した一言を今も「何であんな風にいったのだろう」と思い返すのです。だから、感情的になりそうな時は、言葉を発する前に一瞬、間を取るようにしました。その瞬間に「神さまはどう考えるだろう」と思いめぐらすのです。そう考えた瞬間、冷静にさせられます。そこからは今朝の箴言の手順で考えます。すると、失言はグンと減りました。箴言はとても実践的です。
祈り:天のお父さま、みことばをありがとうございます。今朝はあなたの御心を知るにはどうしたらいいか、とても実践的な示唆を得ました。先ず、あなたのみことばを大事に聴くこと。そして、あなたのお考えを思い浮かべ、大事に守ることでした。私たちはしばしば、感情のままに発言し、大失敗します。ことばは形に残りませんが、負わせた傷は長く長く残ってしまいます。どうぞ私たちに御心を悟れるように、知恵をお与えください。イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

21日(水) 箴言3章1-4節
一言メッセージ:3章はとても素敵な言葉なので、分けて読むようにしました。今朝は1-4節です。賢者は「御言葉を忘れず、心に納めよ」と語ります。「そうすれば、神さまの祝福をいただいて生きられるから」です。興味深く読みたいのは3節「それら(神さまの教え)を首に結び、心の中の板に書き記すがよい」です。敬虔なユダヤ人たちは文字通り、律法を記した紙を身近に置いています。例えば、家の入口に律法を記した紙を貼り付け、家の出入りの際にそれに触れます。律法を記した小さな紙を小箱に入れ、腕に結び付け、折に触れて思い返す生活をするそうです。神さまを思い起こすことを生活習慣にしているのです。知恵ですね。クリスチャンでも家にみことばを飾る人がいますが、みことばを身近に覚える工夫です。トイレなどおススメですよ。
祈り:天のお父さま、今朝は身近にみことばを置くことを学びました。生活習慣にしながら、あなたのみことばを身近に感じることによって、誠実に生きたいとの知恵です。神さま、どうぞ日々、私たちがみことばを思い起こし、みことばに照らして自分たちを顧みる者となれますように。救い主イエスさまの御名で祈ります。

22日(木) 箴言3章5-12節
一言メッセージ:今朝の5-6節のみことばは、私にとってとても大事で、折に触れて思い起こすみことばです。礼拝の招詞や祝祷時に読むことも多いです。「心を尽くして主に信頼し、自分の分別に頼らず、常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば、主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」自分たちの常識や思惑に固執せずに神さまの御心を求めることの勧めです。そのために、意識することは、頭を柔らかくすること。自分の常識や固定概念、感情はありますが、ものを考える際にはその常識などを外して考えることです。自分にとって嫌な可能性を含めて考えます。そうせねば、視野が狭くなり、神さまの示唆に気づけないからです。11-12節で詩人は語ります。「わが子よ、主の諭しを拒むな。主の懲らしめを避けるな。かわいい息子を懲らしめる(鍛える)父のように、主は愛する者を懲らしめ(鍛え)られる。」子どもが成長する時は好きなことだけやっていてもダメなのです。
祈り:天のお父さま、今朝のみことばをありがとうございます。今朝はとっても大事なことを教えられました。私たちは自分たちの常識や経験や思惑で物事を判断しがちです。でも、それはあなたの御心以前に、自分の願望で物事を判断しようとする行為でした。賢者は私たちに「自分の願望でなく、あなたの御心に誠実に従う時、あなたは御業をもって私たちを整えてくださる」と教えてくれました。神さま、どうぞ日々、あなたに誠実に尋ね求める私たちであらせてください。ゲッセマネにて「御心のままに」と祈ってくださったイエスさまの御名で祈ります。アーメン。

23日(金) 箴言3章13-20節
一言メッセージ:「神さまの知恵」が人格を持つ女性名詞として描かれています。以前も話したように「神野知恵子(神の知恵こ)さん」という人がいるかのような書き方で、今朝の箇所は書かれています。その生きた知恵を得ることは何ものにも勝る人生の幸いだと賢者は告げます。でも、どの時代でも、多くの人は神さまの知恵よりも「銀、金、真珠、財宝(14-15節)」といったものに目が奪われてしまう。確かに財産は魅力的かもしれません。でも、財産はあくまでも人生を豊かに彩る一助であって、人生そのものの幸いを測る尺度ではありません。同じようなものに、名声や人脈などがあるでしょう。そういったものが最上の価値で、人生の幸いだと信じ込んでいる人は必ず、財産で対処できない課題に直面した時に愕然とするのです。自分はどうして役に立たないモノのために人生を費やし、全てと信じ込んだのだろう、と。
先日も紹介したダグ・ハマーショルドがこんな言葉を語っています。「かつては灼けつくほど熱気を帯びていた問題(関心)が、いまでは冷ややかな抽象物のように広がっている。簡単な問題だったのだ。ところが、われわれはそれを解きほぐすことができなかった。われわれは愚鈍な操り人形であって、個人的利益で夢中になり、踊らされているのである。」
私たちは今、客観的に自分と周囲を見定めましょう。人の関心は移り変わる。でも、神さまの知恵はいつ如何なる時、状況においても私たちに与えられた祝福であり、死の先にすら与えられる約束なのです。自分たちの願望が第一でなく、神さまの御心を第一にするのです。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。箴言の賢者は、あなたの知恵こそが最上の祝福であり、私たちに与えられた幸いだと語りました。あなたが共にいて下さり、わたしたちを救い、あなたの御国へと導いてくださっていることを、改めて喜ばせてください。どうか、移ろいゆく価値観に振り回されず、人生の盤石な根拠たる神さまにこそ従い生きる私たちであらせてください。またどうか、私たちの周囲の人々が今、この世知辛い世の中のため、惑い、孤立し、居場所を見失い、不安になっています。神さま、どうかあなたを信じ、従う幸いを伝えさせてください。救い主イエスさまのお名前で祈ります。アーメン。

24日(土) 詩編3章21-35節
一言メッセージ:今朝のみことばにて賢者は日々の勧めです。21-24節は「慎重さを忘れずに、でも不安に怯えずに生きなさい」です。それも、25節にあるように、突然襲ってくるトラブルの際にも、です。何故不安に惑わされずに生きてよいのか。それは26節にあるように「主があなたの傍らにいまし、守ってくださるから」です。人間は先が見えない事柄、予測できない状況に不安を感じやすいです。でも、ここで発想を変えてください。先が見えないということは、「悪い出来事に陥る」でなく、「神さまの御業が起こる可能性が秘められている」でもあるのです。神さまは私たちに祝福の約束をくださっているのだから、安心したら良い。もし、それでもつらい現実やしんどい課題があるならば、「神さまはこの事態の先に、すんごい祝福を準備くださっているんだ」と信じたらいいのです。
  賢者は加えて語ります。27-35節、「自分の働きを誠実に生きていきなさい」と。神さまの永遠の御業は今日の一日、明日の一日という繋がりの中で実現するのです。言い換えるならば、今日の一日は神さまの永遠の祝福への一日なのです。だから誠実に生きるのです。
  さぁ、今日は一週間の締めくくりです。今日も誠実に歩み出しましょう。今日も神さまと共に生きる一日です。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝も誠実に一日を歩み始めるように、賢者は示してくれました。あなたが共にいてくださる。あなたが私たちに目を留めていてくださり、私たちを顧み、導いてくださる。それが私たちにとって誠実に生きるための根拠です。不安多い時代に、でも神さまがいて下さることの平安を味合わせていただいています。どうぞ一週間の締めくくりも誠実に歩ませてください。救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。


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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
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