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2020-08

5月3日~5月9日のみことば - 2020.05.03 Sun

今週も毎日のみことばメールとして発信しているものを1週間分掲載します。

先ほど市から情報が入り、久留米市ではじめて新型コロナウイルスで亡くなった方が出たとのことでした。
新型コロナウイルスで亡くなった方は、その葬りのときにも通常と同じようにはできないという事も他のニュースなどで聞きます。残されたご家族にとってはどれほど辛く、悲しい事かと思います。
亡くなった方の魂を神さまが抱き寄せてくださり、神さまのみ許で安らかであります様に。また残されたご家族に、慰めがあります様にお祈りします。


***

※聖書の箇所は日本聖書協会の聖書本文検索から読むことができます。⇒こちら
・訳名選択     : 新共同訳
・旧新約・続編選択 : 詩編→旧約聖書
            ルカによる福音書→新約聖書
・書名選択     : 詩編 / ルカによる福音書
・章選択      : 該当章数を入力(章まで入力するとその章すべてが表示されます。)


3日(日) 詩編100編1-5節
一言メッセージ:今日5月3日は何の日でしょう。そう、憲法記念日です。1947年の今日、日本国憲法が施行されました。日本の憲法は施行後73年、一言も変えられることなく保たれてきました。「アメリカに押し付けられた」と言う人がいますが、そもそも、良いものは誰からもらっても構いません。今のコロナの事態のため「緊急事態条項が必要」と主張する政治家もいますが、国民が権力者を規制するための憲法について、政治家側がとやかく言うことは不当です。「古くなった」と言う人がいますが、いいえ、時代が未だ憲法の精神に追いついていないだけです。それらは前文を見れば分かることです。
  今年、僕は一度、教会で皆さんと憲法勉強会をしたいと思っていますが、僕は現行憲法こそが日本の誇りだと思っています。それは前文にあるように、諸国民(世界の人々)の平和を願う思いに信頼し、「みんなで平和を創ろう」と呼びかけているためです。
  今朝の御言葉、詩編100編も同様のスケールを歌っています。100編は礼拝に集った会衆に向かって、祭司が「礼拝を始めよう」と呼びかける詩ですが、その冒頭、祭司は「全地よ」と、全世界に向かって呼びかけます。自分たちの仲間が集まった礼拝なのに、祭司は世界スケールで「神さまの前に集い、共に礼拝をささげよう」と歌うのです。「知れ、主こそ神であると」との言葉は正に今の世界に向かっても叫ばれている言葉です。私たちの神さまは平和の神、今朝は特に平和を覚えて祈り合いましょう。
祈り:天のお父さま、今朝は73年目の憲法記念日であり、あなたを礼拝する主の日です。この2つの喜びをありがとうございます。神さま、今日、憲法が記した世界の民と共に平和を実現するとの理想を思い返しつつ、御言葉を読みます。詩編の著者は、小さな自分たちの礼拝を守りながら、世界に平和実現を呼びかけました。神さま、私たちはそんな詩編の思いを引き継ぐ教会であることを心から感謝します。今、私たちも新型コロナウイルスの不安を抱えつつ、でも、あなたの平和実現のために御言葉に立って声を上げます。神さま、どうか、私たちの小さな声を「全地」に響かせてください。あなたの御言葉に立つ平和実現の一助とならせてください。主の日、礼拝の前の時に、平和憲法を誇りとしつつ、平和の君なる救い主イエスさまの御名で祈ります。アーメン。

4日(月) ルカによる福音書6章21節
一言メッセージ:「今飢えている人々は幸いである。あなたがたは満たされる」はルカの平野の教え(マタイでは山上の教え)の一文です。現実の厳しさに直面する人々に向かって、イエスさまが語った言葉です。日本語では現れませんが、「満たされる」という言葉には「満たしてくださる方は誰か」という示唆が含まれています。それは「神さま」です。イエスさまは「神さまがいるんだから」という根拠を持って、「幸いだ」と語ったのです。どこか私たちの心をホッとさせてくれる、とってもユーモラスな言葉です。
 今、新型コロナウイルスで不安やストレスを抱えた人々も多いです。そういう中で「神さまがおられるんだから」と考えてみたら、視野が広がり、期待感が湧いてきませんか?身近なことでもそうです。夫婦喧嘩した後に「神さまがおられるんだから」と考えて、神さまの返答を想像してみましょう。「ちゃんと分かってるよ」と言われるか、「どっちもどっちたい」と浮かぶかはその人次第ですが。仕事や人間関係で落ち込んだ時にも「神さまがおられる」と祈って、大の字で寝たらいい。
クリスチャンの強みは「神さまがいるんだもの」と思えることです。そして神さまはそうやって縋る私たちを決して無下にされません。さぁ、今週も「神さまがいるんだもの」で始めていこう。
祈り:天のお父さま、今朝も私たちに御言葉をくださり、ありがとうございます。今朝、私たちはイエスさまの「神さまがおられるんだから」との信頼からくるユーモアを知りました。「神さまがおられるんだから」。それが私たち信仰者に与えられた大きな強みであることを思います。神さま、私たちの主はあなたです。私たちが信じ、従うのはあなたです。どうかこの一週間もあなたの祝福と御言葉によって養われてまいりますように。救い主イエスさまのお名前でお祈りします。アーメン。

5日(火) 詩編1編1-8節
一言メッセージ:昨日から「幸い」繋がりで詩編1編を選びました。150編続く詩編の始まりは「幸い(アシュレー)」の言葉で始まります。詩人が「幸い」と考える人は、「神の逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず、傲慢な者と共に座らず、主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人」です。これだけ読みますと、とっても優れた敬虔な信仰者のように見えます。でも、じっくり読みますと、ちょっと印象が代わります。詩人は「罪ある者の道に誘惑されるがとどまらず、傲慢な者と共に腰を下ろしかけても立ち上がり…」とちょっと誘惑される様子が見えて来るそうです。でも、彼は誘惑に屈しません。それは2節「主の教えを愛し(新改訳:喜びとし)、その教えを昼も夜も口ずさむ」からです。「口ずさむ」はラテン語で「メディタティオン(黙想する)」です。日頃から御言葉を読み、自分の人生と重ねて考えること、言うなれば、日々みことばに学び、養われている、その経験によって彼は誘惑に屈しないのです。そして、そんな人を「幸い」と詩人は言うのです。
  今朝は「こどもの日」です。子どもたちが一日一日、少しずつ、でも確かに成長するように、私たちも日々、御言葉に育てられていきましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。神さま、今朝は子どもの日です。こどもたちがすくすくと育っていることを感謝します。今朝、私たちは詩編1編で「幸いな人」について学びました。詩人は、幸いな人は日々、みことばに養われる人だと語りました。神さま、私たちも日々、あなたのみことばによって養われていることを感謝します。どうか私たちが御言葉を我が事として学び、ふとした日常の時に思い起こしてあなたを身近に感じられる、そんな者となれますように育て導いてください。あなたによって育てられているこどもの一人として、心からお祈りします。アーメン。

6日(水) 詩編2編1-12節
一言メッセージ:詩人は神さまに背く地上の王の姿を描きます。彼らは3節のように自らの力を誇ります。けれど彼らに対して神さまは6節で「お前たちが何を言っていようが、私こそが神であり、私が私の代務者である王を立てる」と言い切ります。私たちは社会の動きや周囲の人々の言葉を耳にする中で、時々、「神さまこそが主である」ということを忘れがちになり、社会の動きや周囲の声に振り回されることもあるでしょう。そりゃ、私だってありますよ(笑)。でもそんな時に、一拍だけ立ち止まって、こう考えてみてください。「神さまはどげん考えらっしゃるかいな。」その一拍が私たちに冷静さと知恵を与えてくれます。特に今、社会全体が不安に浮足立つ時は余計にこのことを覚えておきたいものです。
祈り:天のお父さま、今朝も御言葉をありがとうございます。今朝わたしたちは詩編2編を通して、社会の動きや周囲の声に翻弄されないための知恵を得ました。あなたの御心を模索するために一拍の間をとることでした。神さま、どうしても不安におののき、気持ちが揺らぐ時に私たちは自分たちの経験や常識や周囲の声に流されてしまいます。でも、いつもあなたの御心に立ち帰る私たちであらせてください。今日の御言葉に感謝して、イエスさまのお名前でお祈りします。アーメン。

7日(木) 詩編8編―10節
一言メッセージ:今朝の箇所、詩編8編では、詩人の大きな喜びが歌われています。2節で「主よ、わたしたちの主よ、あなたの御名はいかに力強く、全地に満ちていることでしょう」と神さまを喜び讃え、4節までで神さまの偉大な御業を語るのですが、詩人の驚きは5節に集約されます。それは、「偉大な神さまがどうして僕らのような不完全な人間に目を留めてくださるのだろう?」です。共通する理解が3節の「幼子、乳飲み子の口によって…」です。ここでいう「幼子、乳飲み子」は実際に小さな子どもというよりも、権力者と対比されて、弱く小さな存在という意味です。正に、「こんな小さな私たちに目をかけてくださった」という神さまへの驚きを歌います。考えてみれば、この驚きは私たちにも共通します。どうしてこんな私たちのために、神さまは御子イエスさまさえ惜しまず、十字架にかけてまで救ってくださったのだろうか?理屈や理詰めでは分かりません。ただ「神さまの愛」という他ありません。私たちはこの神さまの愛によって生かされ、祝福され、導かれているのです。
  さぁ、今日からゴールデンウィーク明けで仕事が始まる方もあるでしょう。未だ新型コロナの不安は続いていますが、私たちは神さまの愛の中で生きている。その喜びを覚えながら、一日を過ごしましょう。
祈り:天のお父さま、今朝も御言葉をありがとうございます。詩人は、偉大なあなたが私たちのようなちっぽけな存在に目を留めてくださっていることに驚き、感動をもって詩編8編を歌いました。神さま、私たちも同じ気持ちです。父なる神さまは私たちを救うべく、イエスさまの十字架を決断され、イエスさまは十字架にかかってまで私たちに寄り添ってくださいました。私たちはこの出来事に対して、「神さまの愛ゆえ」という言葉しか持ちえません。ただただ、あなたの愛によって生かされていることを感謝します。今日から週の後半週となります。どうか神さまの愛を感じながら過ごさせてください。救い主イエスさまのお名前でお祈りします。アーメン。

8日(金) 詩編16編1-11節
一言メッセージ:詩編16編の6節を覚えていますか?ここは、2017年に久留米教会の教会組織50周年の感謝礼拝にてY先生が説教された箇所です。Y先生は「測り縄は麗しい地を示し、わたしは輝かしい嗣業を受けました」との御言葉を、久留米教会の歴史と重ねて語られました。測り縄はおもりの付いた縄で、測量のための道具です。どういう地形にあっても、垂直を指し続けます。Y先生は久留米教会の50年を振り返りながら、感謝もあれば困難もあったが、でも神さまの測り縄はいつも教会の歩みをまっすぐに示し続けたのだと語ってくださいました。2020年の今年、久留米教会は教会組織53年目にして新型コロナにより活動制限というピンチを経験しています。でも、私は今もこの「測り縄」に期待しています。この制限の中でも私たちは神さまの御言葉によって励まされ、生かされています。ネット礼拝など、この制限下でもできることを試行錯誤しながら、教会の在り方を模索しています。今大事なことは、「この時に神さまの測り縄は何を示しておられるか」です。私たちの不安もストレスも葛藤も失敗も、全てを祝福へと導かれる神さまは、このピンチをかつてないほどのチャンスに変えてくださいます。今のこの時も久留米教会の「測り縄」として歩みを示してくださる神さまに期待しましょう。
祈り:天のお父さま、今わたしたちはあなたの「測り縄」がどこを指しておられるか、試行錯誤しながら模索しています。少なくとも、今わたしたちは、皆が集って守れる礼拝がどれほど祝福だったかを再確認させられています。この礼拝への渇望は、私たちが教会に戻って共に礼拝できる時に、教会の新たな力となることでしょう。でも神さま、わたしたちは結構欲張りです。先ほど語った祝福だけでなく、もっともっと、この困難の中で示される祝福に気づき、喜び合いたいと思います。どうか久留米教会のこれまでの53年と同じく、いっぱいの祝福をお与えください。ただただ主なる神さまに期待し、イエスさまのお名前でお祈りします。

9日(土) 詩編17編1-15節
一言メッセージ:詩編17編は、困難の中で神さまの導きと整えを願う詩人の詩です。1-5節で詩人は自分が神さまに誠実であることを強調します。3-4節の「夜なお尋ね」は、寝ている時は心を偽れないから、自分の心の奥底まで神さまに調べられても誠実です、という意味です。私たちから見れば、「そんなに自信満々でいれるんだ」とびっくりするほど、彼は正しさを訴えます。
でも、私はそれで良いと思うのです。詩人もまた人間です。そりゃ、神さまの目に罪と思われることだってあるでしょう。でも、人生の選択の時に詩人はきっと「神さま、今、何が大事でしょう。あなたは何を求められるでしょう。私には全てを悟り得ませんが、でも私は自分の利益や都合を排除して、あなたの御心を求めて選びました(10節などと比較)」と祈り、決断してきたと思うのです。そこまで考えて決断したからこそ、「神さま、もし間違っていたら、軌道修正をお願いしますね」といった心境にもなれますものね。(経験上、本当にそう思わされます)。
最後、5節に注目しましょう。詩人は「あなたの道をたどり」と言いますが、この「道」は舗装された道ではなく「わだち(轍)」、誰かが先に通って踏み固めた道です。つまり、先に同じ困難を経験しながら神さまに従い抜いた先達がいるのです。皆さんの信仰の先達は誰でしょう。それぞれに思い起こす人もいるでしょうし、何より、イエスさまこそが私たちの信仰の轍を踏み固めてくださったお方です。私たちは今日もイエスさまに従い、生きているのです。
祈り:天のお父さま、今日も御言葉をありがとうございます。今朝私たちは詩編17編を通して、あなたに誠実に生きることを考えました。神さま、私たちは自分たちが過ちを繰り返す人間であることを自覚しつつも、あなたの御心はどこにあるか、模索して歩んでいます。特に今は制限生活の中で、より深く、あなたについて考えさせられています。神さま、どうか、迷い悩みの私たちですが、あなたに従う生き方をさせてください。どうか8節にあるようにあなたの御翼の陰で私たちを養ってください。間違った選択をした時は、ちゃんと軌道修正ください。信じて従うことのできる神さまがいてくださることに感謝して、救い主イエスさまのお名前でお祈りします。アーメン。


***

今週も皆さんの上に神さまの守りと祝福がありますように!


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福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
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