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2020-08

4月20日~4月25日 一言メッセージと祈り - 2020.04.21 Tue

受難週を過ごす中で、また新型コロナウイルスの不安の中で、毎日の一言メッセージと祈りの配信を教会の方々にしていますが、ご好評につき以降も継続中!!
ブログにも掲載しますので、毎日の心静めるひとときにお読みいただければ幸いです♪

聖書の箇所は日本聖書協会の聖書本文検索から読むことができます。⇒こちら
・訳名選択     → 新共同訳
・旧新約・続編選択 → 今週は旧約聖書
・書名選択     → イザヤ書
・章選択      → 該当章数を入力(章まで入力するとその章すべてが表示されます。)


***

20日(月) イザヤ書40章1-5節
一言メッセージ: 今週はイザヤ書40-43章を少しずつ読んでみたいと思います。この箇所は、祖国が滅ぼされ、敵国の首都バビロンに連行され、捕囚生活を強いられたイスラエルの民が50年を経て、神さまから救いと解放の預言をいただく箇所です。神さまはまだ救いが実現する前に、民に救いを宣言されました。私はこの箇所を、今、新型コロナの不安の中にいる自分たちと重ねながら読んでみたいのです。
  その語り始めが今朝のみことばです。神さまはイスラエルの民に宣言します。「慰めよ、わたしの民を慰めよ」。「慰める」という言葉はヘブライ語のナハムーという言葉です。ナハムーは人間が主語の場合も「慰める」ですが、主語が神さまである時はその意味合いが増します。人の慰めは「(未来は約束できないけれど)大丈夫だよ」ですが、神さまが語られる時、その「慰め」は不確実な未来ではなく、確かに約束された慰め、具体的に実現される約束の言葉となるのです。事実、神さまは3-5節で「荒れ野に道を備え、谷は身を起こし…」と語られます。それはバビロンと祖国イスラエルまでに広がるアラビアの砂漠や深い山、谷、祖国へのあらゆる障害が取り除かれる帰還の約束なのです。
さらに注目しましょう。神さまは「慰めよ、慰めよ」と重ねて語ります。M.N兄はよく「大事な事だから二回言いました」とボケますが、正に神さまは確実に起こる大事な約束だから重ねて語ったのです。私たちの一週間は、この神さまの約束から始まるのです。
祈り: 天のお父さま、今朝も私たちにみことばを与えてくださり、ありがとうございます。今朝わたしたちはあなたの慰めの言葉をいただき、歩み始めます。新型コロナウイルスの不安はまだ続いていますが、神さま、どうかあなたが約束くださる、確かな慰めの約束をしっかり胸に刻んで、この一週間を過ごさせてください。あなたの御業に期待し、週の始まりにイエスさまのお名前でお祈りします。アーメン。

21日(火) イザヤ書40章6-11節 
一言メッセージ: 昨日に続き、イザヤ書40章からです。神さまから「慰めよ」と言われた預言者の言葉が6-8節です。預言者は神さまに「何と呼びかけたらよいのか」と口答えします。バビロン捕囚も50年を超え、何度も慰めを語ってきた預言者もまた心折れてしまっていたのです。彼は「肉なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの」と落胆しています。けれど、8節にて彼は気づきます。「草は枯れ、花はしぼむが、わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」と。
  今日は、安倍総理が緊急事態宣言をして2週間目です。会見時、「国民が努力してくださるならば2週間で感染はピークアウトを迎える」と断言しました。けれど現実はどうでしょう。分かってはいましたが、私たちはがっかりです。でも、そんな中で私たちはイザヤのみことばをいただく。「わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」のです。今、私たちは神さまのみことばに希望の根拠を得て、しっかりと立ちます。神さまの約束によって、今日も元気に始めていきましょう。
祈り: 天の神さま、新しい朝をありがとうございます。神さま、あなたのみことばはなんと力強く、希望に満ちておられることでしょう。今、私たちはあなたにこそ希望を見出します。どうぞ今日も、私たちを慰めと希望に満たし、生かしてください。不安には平安を、疲れには眠りを、病には癒しを、孤独には寄り添いを、落ち込む時には笑いをお与えください。いつも寄り添ってくださる救い主イエスさまのお名前で祈ります。アーメン。

22日(水) イザヤ書40章29-31節
一言メッセージ: 31節は2011年度の久留米教会の主題聖句のみことばです。思い返しますと、年度を始める直前の3月11日、私たちは経験したことの無い規模の大災害、東日本大震災を目の当たりにしました。東北沿岸に大津波が押し寄せ、街も人も飲み込んでいきました。私たちは東北の様子をテレビ越しに見ながら、「神さま、どうか人々をお救い下さい」と祈り続けました。そして、この御言葉に目を引き寄せられました。「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」鷲が空を飛ぶ時、ほとんど自分で羽ばたくことはしません。最初に飛び上がる時以外は、風に乗って空を舞います。私たちはそんな鷲の姿を目指したのです。神さまの聖霊という風に乗り、この大災害からの復興と支援を目指したのです。今、あの時と同じ気持ちで、私たちの現実に向き合いましょう。今大事なことは、神さまの風を見分けること、神さまの御心を模索することです。
祈り: 天のおとうさま、今朝もみことばをありがとうございます。今朝のみことば、29-30節では、力を誇っていた人々が力を失い、疲れきり、倒れる様を描きました。けれど、預言者は語ります、「あなたに望みをおくものは新たな力を得る」と。「鷲のように翼を張って上る」と。神さま、鷲が風に乗って空を舞うように、今、私たちはあなたが吹かせてくださる聖霊の風、命の息吹を乞い願います。ですからどうか、あなたの御心を悟る信仰をお与えください。今日の一日もあなたに期待し、祈ります。アーメン。

23日(木) イザヤ書41章8-10節 
一言メッセージ: 今朝の箇所は、神さまが直接語りかけてくださったみことばです。もうこれ以上ないストレートな救いの言葉ですが、何度も何度も読み返してみてください。とても味わい深いのです。このみことばが語られた時、イスラエルの民は祖国から遠いバビロンに連行され、捕囚生活を強いられていました。正に「地の果て、その隅々」に追いやられた心境です。10節では「恐れることはない、たじろぐな」と言われています。ということはイスラエルの民は、バビロンの国を恐れ、肩身狭く生きていたのでしょう。けれど、神さまはそんな民に、「私はあなたを忘れていない。決して見捨てず、あなたと共にいる」と繰り返し語られるのです。実は神さまの「わたしは必ずあなたと共にいる」は、創世記から黙示録まで、時代も場所も状況もまるで違う中でも一貫して語り続けられるメッセージです。その御言葉は今、わたしたちにも同じように語り掛けられているのです。
祈り: 神さま、今朝は本当にストレートなみことばを感謝します。今朝私たちは、聖書が初めから終わりまで一貫して語り続けている「わたしはあなたを決して見捨てない。共にいる」との約束を改めて読みました。この御言葉は時代や場所や状況に左右されず、いつもあなたが私たち人間に語り続けてくださる約束です。神さま、このみことばを、私たちは今日もいただきます。どうぞ、今日の私たちの一日に目を留めていてください。私たちが「恐れず、たじろがず」に、今日を過ごすことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

24日(金) イザヤ書42章1-4、16節、
一言メッセージ: 今朝の御言葉では神さまが「義」とされる僕の姿が描かれます。どんなイメージかと思って2-4節を読んでいますと、そこには1つのイメージが浮かび上がってきます。皆が不安に怯え、騒ぐ時にも、この僕は2節のように騒がない。3節の「傷ついた葦をおることなく、暗くなってゆく灯心を消すことなく」とは「えーい、いっそのこと!」と自棄になることなく、粘り強い者です。4節では「傷つき果てることもない」とあります。そんな、静かに粘り強く神さまに祈り続ける僕の姿が描かれるのです。さて、身近にそんな方を思い返してみましょう。今朝の箇所では一箇所、16節だけ離れて選びました。この箇所はK.N兄の愛唱聖句です。私はK.N兄と直接お会いしたことはありません。でも、彼のエピソードは幾つも皆さんから伺いました。総会で議論が白熱して煮詰まった時に彼が立ち上がって「こういう時こそ祈りましょう」と言われたとか、バプテスマ前の信仰告白の時には一人ひとりにふさわしい信仰のアドバイスをされる方だったとか。もしK.N兄が今、ここにおられたら何と言われるでしょう。同じように「今こそ祈る時」と言われるように思いますね。
祈り: 天のお父さま、今朝も御言葉をありがとうございます。今朝、私たちはイザヤ書を通して、静かに粘り強く神さまに祈り続ける僕の姿を思い描きました。神さま、今こそ、私たちを祈りの人としてください。新型コロナの不安の中でも、また生活の課題や人々との関係の疲れの時にも、どうぞ御言葉によって整えられ、祈りをもって向かい合う者とならせてください。信仰の先達の背中を思い起こしながら、その先達が見上げ続けたイエスさまを通して、この祈りを御前にお献げいたします。アーメン。

25日(土) イザヤ書43章1-15節 
一言メッセージ: 今日は少し長い御言葉を選びました。私はこの箇所が好きで、度々、礼拝終わりの祝祷時に1-2節などを引用します。皆さんの中でも3-4節が好きな方は多いことでしょう。さて、そんな箇所なのですが、今朝、注目いただきたいのは「わたし」という言葉の多さです。新共同訳聖書で数えますと、神さまは15節までの間に31回も「わたし」を連呼します。正直、「ちょっと言い過ぎだって」と笑いそうになります。一方、「あなた」や「あなたたち」は26回も書かれています。これまた面白い。端的に言いまして、神さまは御自分と私たちをちゃんと向き合わせようとされるのです。ややもすれば、すぐに神さまから目を逸らして自分勝手に生きる私たち、そのくせすぐに行き詰り、不安や孤独に苛まれる私たちが、動じずに生きるために神さまは「わたしと向き合え」と繰り返されるのです。さぁ今日で一週間も終わりです。一週間の締めくくりと共に、明日は礼拝に祈りながら備えましょう。
祈り: 天のお父さま、イザヤ書43章のみことばをありがとうございます。今朝の箇所、ちょっと笑いました。あまりにも何度も何度もあなたは「わたしが、わたしは」と繰り返されました。でも、それはそれくらいに私たちを心配してくださっているからこその言葉なのだと知らされます。気が付くとすぐに自分勝手にどこかに行ってしまう私たちに心を配り、安心して生きられるために、あなたはいつも目を留め、よびかけ続けてくださいます。そうやって今週も歩んでこられたのだと知らされます。神さま、今週もありがとうございました。明日は礼拝です。会堂に集いにくい時ですが、場所を異にしていても、あなたに心ひとつにして礼拝させてくださいますように。救い主イエスさまのお名前でお祈りします。アーメン。

***

今週も皆さんの体と心とが守られます様に、また治療にあたってくださっている医療関係者の方々のためにお祈りします。



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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
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