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2020-05

5月17日~23日のみことば - 2020.05.19 Tue

先週、福岡県を含めた39県の緊急事態宣言が解除されました。
お店や公共施設が対策をしながら少しずつ再開されていますが、これをきっかけに第2波、第3波が来るのではないかということも懸念されています。
久留米教会では今しばらく現状の対応をしつつ、様子を見ながら対応していきます。
しばらくの間は引き続きライブ配信などをしていきますので、ぜひお家から礼拝に参加してみてくださいね。
新型コロナウイルスの心配がなくなったころにはライブ配信で参加していてくださった皆さんと顔を合わせて礼拝できることも楽しみにしつつ、今しばらく忍耐の時を過ごします。


***

※聖書の箇所は日本聖書協会の聖書本文検索から読むことができます。⇒こちら
・訳名選択     : 新共同訳
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17日(日) 詩編29編1-11節
一言メッセージ:詩編29編で私が特に大事と思うのは1-2節と11節です。何故かと言えば、そこにこの詩の結論があるからです。少し29編の詩人の状況を自分たちと重ねて考えてみましょう。
29編の詩人は先ず雷鳴の中で神さまと出会います(3節)。具体的に雷鳴が何を意味するか分かりませんが、何か自分の力で太刀打ちできないような苦難と考えてみてください。そんな苦難の中で、彼は自分の無力さを痛感し、一方で神さまの偉大さを知らされるのです(3-10節)。10節で「主は洪水の上に御座をおく」とありますが、「洪水」は神さまに反抗する大きな力というイメージです。人間を飲み込み、その命も生活も平穏も奪い去る洪水さえ、神さまは抑え込むのです。その神さまを知った時、詩人は1-2節で「神の子らよ、主に帰せよ。主にひれ伏せ」と語ります。自分たちの喜びも感謝も希望も、不安も葛藤も絶望も、すべてを神さまから考えるように、と勧めるのです。何故か。それは、神さまが偉大であり(3-10節)、そんな神さまが私たちを「神の子(1節)」としてくださるからです。だから私たちはそんな神さまに「ひれ伏す(礼拝する)」のです。
  今日は礼拝の日です。久留米教会ではあと2週、緊急対応の礼拝スタイルで、感染が沈静化するのかを様子見しますが、今日の礼拝で覚えていただきたいことは、全知全能の神さまが今も私たちに目を留めておられるということ、私たちは神さまの眼差しの中で生かされているということです。今朝の礼拝ライブ配信を通して、その喜びを一緒に分かち合いましょう。「どうか、主が私たち一人ひとりに力をお与えになるように。主が一人ひとりを祝福して平和をお与えになるように(11節)」と心から祈っています。
祈り:天のお父さま、今朝、主の日をありがとうございます。今朝私たちは詩編29編のみことばをいただきました。私たちはこの詩編に自分たちの生活を重ねます。私たちは皆、それぞれに大小さまざまな課題を抱えながら生きています。でも神さま、私たちは私たちの人生の全てをあなたに委ね、あなたの御業を待ち望みます。何故なら、私たちこそが私たちの神であり、そんなあなたが私たちを「我が子」と呼んで愛してくださるからです。神さま、どうかあなたの祝福をください。新たな一週と向き合っていける御言葉と礼拝を与えてください。救い主イエスさまのお名前により、お祈りします。アーメン。

18日(月) 詩編30編1-13節
一言メッセージ:新しい週の働きを前に、詩編30編を読みます。この詩人は何かの病に苦しんでいます。彼は病の苦しみのために「あぁ、おれはもうダメだ。死んでしまうんだ」とどん底を感じています。3節の「陰府(よみ)」とは聖書の時代には「神さまの救いの及ばぬところ」と考えられていたからです。でも、ここで詩人は驚きます。まさかの「もうだめだ」状態から神さまが自分を癒し、救ってくださったからです。彼は気づきます。私たち人間は元気な時は「神さま、ありがとう」と言えるけど、一旦苦しむとなると途端に「恐怖に陥る」弱い存在だということを(7-8節。この人間臭さ、親近感が湧きますね)。でも、神さまはそんなどん底からでも私たちを救ってくださる。詩人はこの経験と確信により、「神さまがちゃんと導いてくださるから、勝手に自分で悲観的に結論づけるのでなく、神さまを賛美し、感謝して、委ねるように」と呼びかけてくれます。
とっても素敵なのは6節です。「ひととき、お怒りになっても、命を得させることを御旨としてくださる。泣きながら夜を過ごす人にも、喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。」私はこの言葉をこう読みます。「私にとって嫌なことが起こっても、それは一時のこと。神さまは私たちを救いたいと今も願ってくださっている。大丈夫、昨夜、悩んで苦しんでいても、神さまは今日も朝を与えてくださった。今日も神さまの導きで始まる一日♪」さぁ、今日という日は神さまの整えてくださる新たな一日です。今日も元気に歩み始めましょう。
祈り:天のお父さま、今週の働きが始まります。その始まりに詩編30編をありがとうございます。この詩人はとっても私たちそっくりでした。普段、「神さま、ありがとう」と賛美していても、何か不安な事柄が起こった途端、「神さま、なんでこんなつらい目に遭わせるの?私のことが嫌い?」と大騒ぎしてしまいます。でも、詩人はそんな自分の経験を通して、「でも神さまはちゃんと私を救ってくださった」と賛美を歌いました。神さま、どうぞ私たちにも同じ賛美を歌わせてください。どうか私たちが沈黙せず、あなたへの賛美を歌い続けられるよう、お支えください(13節)。今週の働きの始まりに、私たちに伴ってくださるイエスさまのお名前でお祈りします。アーメン。

19日(火) 詩編31編1-25節
一言メッセージ:今朝は詩編31編です。一読しますと、結構、どんよりした気分になります。というのは、詩人がずっと苦しそうだからです。でも、そこでグッと踏ん張って読んでみてください。すると、詩人の言葉の中に、キラキラと光る人生のヒントが見えるのです。それは「まことの神、主よ、御手にわたしを委ねます。わたしを贖ってください。(6節)」という御言葉です。
この言葉はルカによる福音書23章46節でイエスさまが十字架上で息を引き取った時の言葉です。今年の受難週の時、私たちはこの御言葉をこう分かち合いました。「神さまに委ねることは、八方ふさがりで投げやりになることでなく、私たちの限界を超える神さまの導きに期待すること」と。そう、イエスさまを思い起こせば分かるのです。イエスさまは確かに十字架で亡くなりました。けれど、三日目に復活なさった。神さまの御業によって、死から甦られた。正にそれは、人の力を超える神の御業です。
牧師の大先輩であるK先生は冗談好きで、以前、「私たちは神業に生かされている」と言っておられました。金言だなぁと思います。そう、私たちは神業に生かされています。だから私たちはいついかなる時にも神さまに期待するのです。今日はどんな神業に行かされるか、楽しみですね。
祈り:天のお父さま、今朝もあなたのみことばをありがとうございます。今朝のみ言葉を読みながら、私たちは、神業の中で生かされていることの凄さを感じます。私たちにはいつも限界があります。でも、神さま、あなたには限界がありません。そんなあなたが私たちに今日も「大丈夫、安心して誠実に生きていきなさい」と呼びかけてくださいます。神さま、どうか、あなたの導きをいつも感じさせてください。腹の立つ相手と相対する時、「意外と優しいかも」と思える一面を見させてください。頭を抱え込みたくなる課題にはクスッと笑う余裕を与えてください。一日を終えて疲れを覚える時には、「でも神さまが守ってくださった」と感謝を覚えさせてください。その小さな気づきの中であなたがかなり身近に伴ってくださっていることを実感させてください。どうか、今日の一日も神業の中で歩ませてください。イエスさまのお名前で祈ります。アーメン。

20日(水) 詩編32編1-11節
一言メッセージ:ふと気づきましたが、最近、真面目に詩編を1節ずつ読んでいます。スタート時は、もっと大雑把に取り上げるつもりだったのに。まぁでも、各詩に気づきが与えられるので、そこにも御言葉の面白さを感じますね。
  今朝の32編の詩人を見ていて、とても親近感が湧いてきます。例えば、1節で「いかに幸いなことでしょう。背きを赦され、罪を覆っていただいた者は」と詩人は歌います。自分のことを「一切罪を犯していない者は幸い」というのでなく、「私は罪人だけど、神さまはそんな私をも赦して、罪を隠してくださった(無くなったわけでなく、神さまと私は覚えているけど、他の人には覆われている状態)」と歌います。言うなれば、詩人は神さまが再スタートを始めさせてくださるから「幸い」と歌っているのです。
  私たち人間は過ちを犯す生き物です。「しまった」と思うことはしょっちゅうで、中には、深く考えなかった言動のために何年も後悔し続けるような出来事もやらかしてしまいます。でも、神さまはそんな私たちを「はい、もうおしまい」と切り捨てるのでなく、「じゃあ、そのことを覚えながら、もう一度やってごらん」と促してくださる。それが「悔い改め」と「赦し」です。
  実際、詩人は8-9節で神さまの言葉を記します。「わたしはあなたを目覚めさせ、行くべき道を教えよう。」注目したいのは8節終わりの一文です。「あなたの上に目を注ぎ、勧めを与えよう。」空を飛ぶ鳥が私たちを見下ろしながら飛ぶように、神さまが私たちの先行きを見越して、導いてくださるのです。だから私たちは自分たちの思惑でなく、神さまを信じて、神さまの導きの中で歩みます。
  喜劇王チャールズ・チャップリンはこんな明言を残しました。「人生は部分的に見れば悲劇だが、総じてみれば喜劇だ。」今日の苦労も後々、笑いと感謝に変わりますよ。さぁ、今日も神さまの導きを信じ、委ねて、歩み出しましょう。
祈り:天のお父さま、今朝もみことばをありがとうございます。詩編を読み進めていますが、みことばはなんて奥深く私たちの人生と重なるのか、と思わされます。今朝、私たちはホッとしました。それは、詩人が「私は清廉潔白」と言ったのでなく「私は罪人」と語ったからであり、私たちも同感だからです。神さま、あなたの目に私たちはいったいどれだけ罪を犯しているでしょう。でも、あなたはそれでも私たちを愛し、導いてくださいます。神さま、あなたが私たちの神さまでいてくださることを深く深く感謝します。どうか今日も、たぶん何かやらかしてしまう私たちですが、失敗した時には「勧めを与え(8節)」、導いてください。一日の終わりに、私たちが「主によって喜び躍り、喜びの声をあげ」ることができますように(11節)。イエスさまのお名前で祈ります。アーメン。

21日(木) 詩編33編1-22節
一言メッセージ:皆さん、賛美歌は好きですか?きっと、それぞれに大好きな賛美歌がありますよね。そこには何か自分の経験と重なる想い出があるかもしれません。さて、そこで考えて欲しいのですが、その想い出は「わたしと神さま」の想い出が多く、「私たちと神さま」という共同体の想い出を含めた賛美歌は少ないのではないでしょうか。実はこれはもう何年も前から、私たちが慣れ親しんできた賛美歌の弱点として指摘されています。すなわち、「わたし」の感謝や嘆きや悔い改めが多くて、「わたしたちの賛美、教会みんなの賛美になっていないのではないか、信仰が独りよがりになっていなかったか」という指摘です。この指摘はとても鋭くて、賛美歌のことだけでなく、私たちの信仰についても、「独りよがりになっていないか?」と問うてくるのです。
  今朝の詩編33編を見ますと、とても面白いことに気づきます。詩人は「主に従う人よ」とか「正しい人」など、個々人の信仰の在り方から詩を歌い始めます。でも、12-13節を見ると、神さまは私たちを「民」という集団としてと、「一人ひとり」という個々人としてと、一緒に目を注いでおられるのです。だから詩人は20-22節で「われら」と語ります。神さまへの信仰を同じくする仲間たち、へと目が広げられていくのです。
  今朝私たちは自分のことだけでなく、教会の兄弟姉妹、そして隣人のことを祈りましょう。「しばらく会えていないけど、あの人はどうしているかな?元気かな?」と思い起こしたいのです。
祈り:天のお父さま、詩編33編の御言葉をありがとうございます。今朝わたしたちは、一緒にあなたを信じ、あなたに仕え、生きる人々のことを思い起こしました。神さま、教会には体調を崩している仲間たちがおります。どうぞお守りください。新型コロナの自粛生活でくたびれた仲間たちのことを慰め、癒し、整えてください。求道中の人々も、もう私たちと変わらず、あなたを信じているのです。ただ、その後押しが私たちにできていないだけです。神さま、その方々のことを祈ります。どうか、あなたを信じられるように、一歩踏み出す勇気をお与えください。また、私たちには一緒に礼拝したい家族や友人たちがおります。どうか新型コロナが終息した暁には、そのような方々を誘う言葉と勇気を与えてください。神さま、どうか仲間たちのことを祈り続けさせてください。私一人で祈り足りなくても、一緒に祈ってくれる仲間たちがいます。神さまどうか、「私たち」の祈りをお聞き届けください。あなたの御業が私たちと同様、私たちが祈る一人ひとりに実現しますように。救い主イエスさまのお名前によってお祈りします。アーメン。

22日(金) 詩編34編1-23節
一言メッセージ:詩編34編で詩人は「貧しい人(3節)」に「わたしと共に主をたたえよ(4節)」と呼びかけます。とても嬉しい言葉だなぁと思うのです。今月の初め頃、新型コロナの感染拡大に伴い、多くの牧師たちが本当に悩みました。それは「私たちは礼拝する民なのに、共に集えないなんて。礼拝できないなんて初めての経験だ」と。久留米教会でも普段とは違う礼拝のスタイルを模索してきました。その検証や新たな可能性の模索はこれからです。でも、私は今朝の御言葉にとても深い希望を見出すのです。
34編の「貧しい人」とは単に金銭的な貧しさではなく、「社会的、経済的に差別され、正当な裁き(補償を含む)を受けられず、ただ神さまにすがる以外に選択できない民衆たち」です。そんな民衆に向かって詩人は呼びかけます。「わたしと共に主をたたえよ」と。「一つになって御名をあがめよう」と。それはまるで、新型コロナの混乱の中であらゆる制限に直面し、先の見えぬ不安を抱えながら、それでも御言葉を分かち合いたいと、自分たちのそれまでの形を変えて新たな可能性を模索してきた私たちの姿にも重なるのです。私たちはコロナ前と今とで、大きな変化を経験しました。私たちは「主を賛美する民だ」という信仰を分かち合いながら、これまでの礼拝の恵みを再度知ったと同時に、ネット礼拝を通して多くの友と一緒に礼拝する可能性も示されたのです。
3節で詩人は「わたしの魂は主を賛美する」と語りました。ヘブライ語の直訳は「主(ヤハウェ)をわが魂は誇る」です。神さまを誇る時、私たちは今までの形式の恵みと共に、新たな可能性も見出しているのです。教会は可能性がいっぱいですね。詩人が「わたしと共に主をたたえよ」と呼びかけたように、私たちも今、福音をどう多くの人と分かち合えるか模索しながら、呼びかける教会を目指したいものです。
祈り:天のお父さま、今朝も詩編34編のみことばをありがとうございます。私たちは詩人の呼びかけが今の私たちに向けられたものだと感じます。この新型コロナ騒動の中で、私たちはそれまで当たり前だったあらゆる生活が一変してしまいました。まさか、礼拝すら普段通り行えないなんて、考えたこともありませんでした。でも、実際にそんな経験をしながら、それまでの礼拝の恵みと同時に、新たな可能性も見出しています。「共にあなたを讃える」という大前提に立ちつつ、私たちには様々な可能性が見えています。今後、新型コロナが終息するとともに、私たちは共に集える礼拝に戻って来るでしょう。でも同時に、様々な手段をもって新たに、礼拝を共にする人々をお与えください。あなたの御心に沿うならば、どんな困難に直面しても救い出され(20節)、わたしたちは祝福をいただけるでしょう。神さま、この経験を私たちの糧としてください。イエスさまのお名前で祈ります。アーメン。

23日(土) 詩編35編1-28節
一言メッセージ:土曜日です。この一週間はどんな一週間でしたか。「感謝だった」と思う方は幸いですが、悔しい思いをした方はぜひ35編をじっくり読んでみてください。35編は面白いのです。詩人が「神さま、私を害する人をも救ってください」と敬虔に祈るのでなく、思いっきり「神さま、あんな悪い奴は滅ぼさないとダメです!ガツンとやってください」と祈っているのです。聖書なのに、こんなに赤裸々に相手への怒りを神さまに訴えて良いのでしょうか。
良いです!私たちは神さまには真っ正直で良いのです。だって、神さまはそんな私たちの弱さや、自分でも目を背けたくなる部分も含めて、丸ごと受け止めてくださるからです。
でも同時に、ちゃんとこの詩に注目しましょう。詩人は「でも、復讐するのは私じゃなくて神さま。全部を神さまに委ねる」と思って、詩を歌っています。この節度があるからこそ、自分の心が口惜しさや疲れでいっぱいの時には神さまに甘えて駄々こねて良いのです。
考えてみたら、神さまはすごい安心ですよ。だって、神さまは絶対に誰にも告げ口しませんから(笑)。おまけに、神さまが必要と思われる時にはちゃんと整えてくださるのだから。
今日は土曜日です。皆、ちょっと自分の心を緩めて、素の自分で祈りましょう。今日は神さまに甘えて、明日の日曜日は礼拝で御言葉に整えられましょう。
祈り:天のお父さま、今週も土曜日までお守りくださり、ありがとうございました。この一週間は感謝も多かったですが、心身共に疲れた出来事もありました。そんな私たちは今日、詩編35編に励まされながら、ちょっとあなたに愚痴をこぼします。「なんであいつが」とか「このやろう!」と怒る言葉が出て来るかもしれませんが、どうぞ苦笑しながら、聞いていてください。私も「全知全能の方にこんな祈りでいいのか」と半分思いながら、でも誰かに言わずにはおれないから、一番安心なあなたに祈っています。そして残りの半分、祈りながら「この敵意が友情に変わったり、不信感が信頼に変わったら」とあなたに期待しています。甘ったれですが、事柄の結論はあなたにお委ねします。私が心から慕う相談者でありますあなたにお祈りします。アーメン。


***

今週一週間も皆さんの心に神さまの守りがありますように。

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Author:久留米キリスト教会
福岡県久留米市にある久留米キリスト教会のブログです。
わたしたちの教会は、日本バプテスト連盟に加盟する、プロテスタント派のキリスト教会です。
(※ブログに掲載した文章の無断転載はご遠慮ください)

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