長崎の多良見に行ってきました - 2010.09.27 Mon
昨日、日曜日の午後から、長崎の多良見に行ってきました。
遊びではなく、同じバプテスト連盟に所属する多良見の教会が、伝道所から教会に成長したお祝いの礼拝に参加するためでした。
伝道所とは大雑把な説明ですが、一つの教会が新しい教会を生み出す際に作る、教会の前身となる集まりです。
伝道所は親教会の支援を受けながら、一人立ちできるように力を蓄えていき、経済的にも人数的にも自立できるようになったら親教会の承認を受けて、晴れて教会として独り立ちです。
教会になるのに、どれだけの期間を要するかは成長次第ですが、多良見は30年かけての教会組織でした。
30年という時間、非常に長い期間です。
式典のプログラムを見ていると、30年の間、大勢の方々の祈りと支えによって多良見の教会が歩んできたことが分かりました。
途上で亡くなった方々もおられますが、でも、私は彼らも今、非常に誇らしい思いでイエスさまの許にいるような気がします。
私自身もそうですが、私たち人間は、いつも自分の代で形を作る、結果を出すことに執着します。
志の半ばで亡くなった時には、「心残りだったろうに・・・」といった言葉を口にします。
でも、教会を成長させるような、神さまの働きの場合、「心残りだったろうに…」は違う気がしています。
本当は、「心残り」ではなく「神さまの働きを一時代担い、次の世代にその働きを引き継いだ」という見方が正しいのだと思うのです。
実際、世界中のキリスト教会はイエスさまから託された、伝道の使命を2,000年経った今も継承し続けています。
では、私たちの信仰の先達は「志半ばの残念な生涯」だったのでしょうか。
いいえ、違います。
イエスさまの働きの一時代を担った者として、きっと胸を張っているでしょう。
そして、今、私たちはその使命を引き継ぐ者として、それぞれの場で伝道に励むのです。
今回の多良見訪問を通して、そんなことを思ったのでした。
遊びではなく、同じバプテスト連盟に所属する多良見の教会が、伝道所から教会に成長したお祝いの礼拝に参加するためでした。
伝道所とは大雑把な説明ですが、一つの教会が新しい教会を生み出す際に作る、教会の前身となる集まりです。
伝道所は親教会の支援を受けながら、一人立ちできるように力を蓄えていき、経済的にも人数的にも自立できるようになったら親教会の承認を受けて、晴れて教会として独り立ちです。
教会になるのに、どれだけの期間を要するかは成長次第ですが、多良見は30年かけての教会組織でした。
30年という時間、非常に長い期間です。
式典のプログラムを見ていると、30年の間、大勢の方々の祈りと支えによって多良見の教会が歩んできたことが分かりました。
途上で亡くなった方々もおられますが、でも、私は彼らも今、非常に誇らしい思いでイエスさまの許にいるような気がします。
私自身もそうですが、私たち人間は、いつも自分の代で形を作る、結果を出すことに執着します。
志の半ばで亡くなった時には、「心残りだったろうに・・・」といった言葉を口にします。
でも、教会を成長させるような、神さまの働きの場合、「心残りだったろうに…」は違う気がしています。
本当は、「心残り」ではなく「神さまの働きを一時代担い、次の世代にその働きを引き継いだ」という見方が正しいのだと思うのです。
実際、世界中のキリスト教会はイエスさまから託された、伝道の使命を2,000年経った今も継承し続けています。
では、私たちの信仰の先達は「志半ばの残念な生涯」だったのでしょうか。
いいえ、違います。
イエスさまの働きの一時代を担った者として、きっと胸を張っているでしょう。
そして、今、私たちはその使命を引き継ぐ者として、それぞれの場で伝道に励むのです。
今回の多良見訪問を通して、そんなことを思ったのでした。
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